
世界の卓球選手が手にするラケット。その製造拠点は、実は所沢にあります。バタフライの技術と、日本代表、そして地元の体育館をつなぐ物語です。
卓球のラケットに描かれた、蝶のマーク。
卓球経験者なら、一度は見たことがあるかもしれません。世界的な卓球用品ブランド「バタフライ」のロゴです。
トップ選手が使うラケットやラバーを手がけ、日本代表の公式ウエアも提供するブランド。
いかにも世界のどこかに大きな研究所がありそうですが、その技術を支える重要な場所は、意外なほど身近にあります。
埼玉県所沢市、神米金(かめがね)。
西武新宿線・新所沢駅から少し離れた場所に、バタフライの研究開発・製造拠点「バタフライ・テック」があるのです。[1]
しかも、単に会社の事業所があるという話ではありません。
バタフライは、日本製のラケットとラバーをすべて、この所沢の拠点で製造していると明言しています。[2]
世界的なブランドの製品が、所沢から生まれている。
そう聞くと、気になってきます。
卓球のラケットは、いったい何がそんなに難しいのでしょう。そして、なぜその技術が所沢で育ってきたのでしょうか。
世界のラケットが、なぜ所沢で作られている?

まず、会社とブランドの関係を整理しておきましょう。
バタフライを展開するのは、1950年創立の株式会社タマス。本社は東京都杉並区にあります。
ところが、ラケットやラバーを生み出す重要な現場は、所沢市にあります。[1]
始まりは1967年。
タマスはこの年、所沢に工場を建設しました。以来、半世紀以上にわたって卓球用品を製造してきました。[3]
50年以上。
一時的に借りた工場というより、会社のものづくりそのものが、この土地に根付いてきたわけです。
その後も施設は進化します。
2011年には所沢事業所内に研究棟が完成し、研究拠点を移転。2013年には事業所の名称を「バタフライ・テック」に改め、新しいラバー生産施設も完成しました。ラケットの生産施設も更新されています。[4]
工場で作り、研究施設で考える。
所沢は、ただ製品を組み立てる場所ではなく、新しい卓球用品を生み出す場所になったのです。
ここで一つ、重要な事実
バタフライは2024年の公式発表で、日本製のラケット・ラバーはすべて所沢のバタフライ・テックで製造し、そこから海外法人や各国の販売店を通して世界へ届けていると説明しています。[2]
なお、これは「すべてのバタフライ製品が所沢製」という意味ではありません。対象は同社が明示した日本製ラケット・ラバーです。
でも、そもそもラケットとラバーに、それほどの研究が必要なのでしょうか。
卓球台の上で起こることを考えると、理由が見えてきます。
ラバーはただのゴムじゃない。ボールを「つかむ」技術

卓球のラケットには、木製などの板の表面にラバーが貼られています。
このラバーが、実はとても奥深い。
ボールを強く打ち返すだけなら、よく弾む素材を使えばよさそうです。
ところが卓球では、速さだけでなく、回転も重要になります。
強い回転をかけたい。でも、スピードも欲しい。さらに狙った場所へ打ちたい。
なかなか欲張りな注文です。
この難題に向き合ってきた技術の一つが、バタフライの「スプリング スポンジ」です。[5]
スポンジがボールをつかむ?
一般的な裏ソフトラバーは、ボールが接するシートと、その下にあるスポンジから構成されます。
バタフライのスプリング スポンジは、大きな気泡を内部に持つ構造が特徴です。
ボールが当たるとスポンジが縮み、バネのように戻る。その変形を生かして、ボールをつかむ感覚と、弾き出す性能を追求しています。[5]
硬くすれば強い、柔らかくすれば優しい、という単純な話ではないようです。
一瞬の接触の中で、どのように変形し、どのように戻るか。
その小さな動きが、打球の感覚を左右します。
有名ラバー「テナジー05」にも、研究の跡がある
2008年に発売された「テナジー05」は、スプリング スポンジとハイテンション技術を採用したラバーです。
さらに表面のツブ形状は、選手による試打と機械測定をもとに、スピン性能が高いと評価された開発コード「05」の形状を採用しています。[6]
「05」という名前にも、研究の記録が残っていました。
なんとなく格好いい数字を付けたわけではなかったのです。
もちろん、ラバーだけで勝敗が決まるわけではありません。技術、判断、練習、相手との駆け引きがあってこその卓球です。
ただ、選手が思い描いたショットを実現するために、用具ができることはある。
そう考えると、所沢に研究施設と製造施設がある意味が、少し具体的に見えてきます。
そもそも、なぜ「バタフライ」?強そうな名前にしなかった理由

高性能ラバーの研究を続け、世界中へ製品を届けるメーカー。
そう聞くと、ブランド名も力強いものを想像してしまいます。
ライオン、タイガー、ドラゴン。
ところが、選ばれたのは蝶でした。
なぜでしょう。
その答えをたどると、創業者の田舛彦介(たます・ひこすけ)の考え方に行き着きます。
田舛は自身も卓球選手として活動していました。選手時代にラバーの入手で苦労し、高性能なラバーを日本で作りたいと考えたことが、1950年の会社設立につながりました。[7]
自分が困った経験から、用具を作る側になったのです。
そしてブランド名に込めたのが、次の考え方でした。
つまり、目立つべき主役は選手。
メーカーは、その選手が力を発揮できるように支える存在でありたい、というわけです。
世界で戦うための用具を作りながら、名前は「蝶」。
少し控えめにも見えますが、技術を追求する理由を知ると、むしろ筋の通った名前に思えてきます。
選手のためにラバーを研究する。
より良いラケットを作る。
そして、その考え方は現在の日本代表への支援にもつながっています。
日本代表もバタフライ。でも「全員のラケット」ではない

2025年4月1日、バタフライは卓球日本男女代表のオフィシャルサプライヤーになりました。
契約期間は2029年3月31日までの4年間。
男女のナショナルチームだけでなく、ジュニアやホープスの代表チームにも、競技ウエアやトレーニングジャケットなどを提供しています。[9]
ここで一つ、誤解しやすい点があります。
日本代表の公式ウエアを提供していることと、代表選手全員がバタフライ製のラケットを使っていることは別です。
選手が使用する用具には、それぞれの選択や契約があります。
今回の日本代表オフィシャルサプライヤーという役割は、主に公式ウエアなどの提供です。
それでも、長年にわたり卓球用品を作ってきたブランドが、日本代表の舞台を支えていることに変わりはありません。
実は、40年ぶりの日本代表ウエアだった
もう一つ面白い数字があります。
バタフライの発表によると、日本代表が世界卓球選手権大会で同ブランドのウエアを着用するのは、1985年のスウェーデン・イエテボリ大会以来、40年ぶりでした。[9]
40年。
所沢工場ができた1967年から、その間もずっと卓球用品の開発と製造は続いていました。
その積み重ねを経て、再び日本代表の公式ウエアを担うことになったのです。
2026年には、新しい代表ユニホームも発表されました。
デザインのキーワードは「ビーナスベルト」。日の出や日没のころ、太陽と反対側の空に見られる淡いピンク色の帯を指す現象です。[10]
ラバーのスポンジから、空の色まで。
同じ卓球用品メーカーの仕事とは思えないほど、扱う世界が広がっています。
ただし、日本代表ウエアが所沢工場で作られているとまでは、今回確認した資料からは断定できません。所沢と日本代表をつなぐのは、タマスという企業の研究開発・製造事業と、公式サプライヤーとしての活動です。
そして2026年、所沢の体育館にも「バタフライ」の名が付いた

ここまでの話は、世界の卓球選手と所沢の工場を結ぶものでした。
ところが2026年、その関係が地元の人にも見える形になりました。
所沢市民体育館が、「バタフライアリーナ所沢」という愛称になったのです。
2026年7月6日、所沢市とタマスはネーミングライツ(施設の命名権)契約を締結しました。所沢市にとって初めてのネーミングライツ契約です。[11]
ここまでは、企業が体育館の命名権を取得したという話。
ですが、契約内容を読むと、さらに意外なことが分かります。
命名権料は、お金ではなく卓球台?
所沢市の発表によると、命名権料はバタフライ製の卓球台です。
毎年12台、契約期間を通じて合計60台。市の資料では、年間349万8,000円相当とされています。[11]
これはちょっと意外です。
一般的には、施設の命名権というと企業が自治体にお金を支払う印象があります。
ところが今回は、卓球用品メーカーが、自社の卓球台を提供する形でした。
バタフライの技術が、世界のトップ選手を支えるだけでなく、市民のスポーツ環境にも届く。
企業の名前を掲げることと、地域で卓球を楽しむ環境を支えることが、同じ契約の中で結び付きました。
世界のトップ選手から、地元の中学生へ
地域とのつながりは、2026年に突然始まったわけではありません。
2025年2月には、所沢市立向陽中学校の卓球部員22人が、バタフライ・テックのラケット工場を見学しました。
参加者は職人の仕事を学び、製造工程について質問。製造時に出る余った木材の活用方法にも関心を示したと、同社の公式記事で紹介されています。[12]
世界大会で使われるような用具を作る工場へ、地元の卓球部員が入る。
技術を遠くから見るだけではなく、自分たちが普段手にしているラケットがどう作られるのかを知る機会になったのです。
なお、この見学は特別に実施されたものです。バタフライは一般的な工場見学の希望に応えることは難しいと説明しており、常設の見学施設として案内されているわけではありません。
所沢のバタフライ・テックは見学できる?
これだけ話を聞くと、一度は工場を見てみたくなります。
ただし、バタフライ・テックは研究開発と製造を行う事業所であり、一般観光向けの施設ではありません。
工場見学の一般募集や、自由に入れる展示施設・直売店の案内は、今回確認した公式情報にはありません。
見学や買い物を目的に、予約なしで訪問するのは避けましょう。
バタフライ・テック 基本情報
- 施設名
- 株式会社タマス バタフライ・テック(所沢事業所)
- 所在地
- 埼玉県所沢市神米金476
- 関連駅
- 西武新宿線・新所沢駅
- 交通
- 新所沢駅から車で約5分。公式案内では路線バスは本数が少なく、タクシーの利用が便利とされています。
- 主な役割
- 卓球用ラケット・ラバーの研究開発および製造
- 見学
- 一般向けの定期見学は確認できません。特別見学の実績はありますが、通常受け入れを保証するものではありません。
- 公式案内
- バタフライ公式・事業所アクセス
所在地・交通は公式案内に基づきます。[1]
一方、バタフライの名前を身近に感じたいなら、バタフライアリーナ所沢という場所があります。
こちらは市民が利用できる公共体育館です。施設の利用条件や料金については、関連記事で詳しく紹介しています。
一枚のラケットから、所沢の見え方が変わる
最初に登場した、蝶のマークが付いたラケット。
その裏側には、いくつもの手掛かりがありました。
卓球選手だった創業者が、もっと良いラバーを作ろうと考えたこと。
1967年に所沢に工場ができ、研究開発と製造の拠点へと育っていったこと。
スポンジの構造や表面のツブ形状まで研究し、世界へ用具を届けていること。
そして、日本代表を支える企業が、今度は地元の体育館にも自分たちの名前を掲げ、卓球台を提供するようになったこと。
世界で活躍する選手のラケットと、所沢の体育館。
一見すると離れていた二つが、バタフライというブランドを通じてつながりました。
もちろん、勝利を生み出すのは選手自身の力です。
けれど、その力を発揮するための道具を、何十年も研究し、作り続ける人たちがいる。
そして、その仕事場の一つが所沢にある。
次に蝶のマークを見たとき、そこには小さなロゴだけでなく、所沢で積み重ねられてきたものづくりの時間も見えてくるかもしれません。
蝶は軽やかに飛びます。でも、その羽ばたきを支える仕事は、実に地道なのでした。
そんな所沢のもう一つの顔を知ったら、街にある実際の施設にも目を向けてみたくなります。
参考資料・出典
-
株式会社タマス(バタフライ)
「会社概要」「アクセス(本社・所沢)」
https://www.butterfly.co.jp/about/company/
https://www.butterfly.co.jp/about/access/
2026年10月30日確認。会社所在地、事業所、交通案内。 -
株式会社タマス
「バタフライ卓球用品に関する誤った情報にご注意ください」
2024年5月14日発表。
https://www.butterfly.co.jp/news/detail/20240514.html
2026年10月30日確認。日本製ラケット・ラバーの所沢製造について。 -
所沢市
「所沢市民体育館が『バタフライアリーナ所沢』に!」
2026年6月22日発表。
https://www.city.tokorozawa.saitama.jp/tokoronews/press/r8/6/shimintaiikukan.html
2026年10月30日確認。1967年の工場建設と製造拠点の沿革。 -
株式会社タマス
「沿革」「タマスの歴史」
https://www.butterfly.co.jp/about/background/
https://www.butterfly.co.jp/about/history/
2026年10月30日確認。研究棟、ラバー生産施設、ラケット生産施設の変遷。 -
株式会社タマス
「ラバーのテクノロジー」
https://www.butterfly.co.jp/products/rubber/technology.html
2026年10月30日確認。スプリング スポンジ等の技術説明。 -
株式会社タマス
「テナジー05 製品情報」
https://www.butterfly.co.jp/products/detail/05800.html
2026年10月30日確認。発売日、採用技術、開発コード05の由来。 -
株式会社タマス
「田舛彦介 生誕100年」
https://www.butterfly.co.jp/story/hikosuke100th/
2026年10月30日確認。創業者の経験と創業の背景。 -
株式会社タマス
「バタフライについて」
https://www.butterfly.co.jp/about/butterfly/
2026年10月30日確認。ブランド名に込められた理念。 -
株式会社タマス
「日本男女代表のオフィシャルサプライヤーに決定」
2024年4月24日発表。
https://www.butterfly.co.jp/news/detail/20240424.html
2026年10月30日確認。契約期間、対象チーム、40年ぶりの日本代表ウエア提供。 -
株式会社タマス
「卓球日本男女ナショナルチームの2026年度オフィシャルユニホームを発表」
2026年3月30日発表。
https://www.butterfly.co.jp/news/detail/20260330.html
2026年10月30日確認。ユニホームのデザインコンセプト。 -
所沢市・株式会社タマス
「ネーミングライツ契約に関する発表」
所沢市公式発表
バタフライ公式発表
2026年10月30日確認。契約日、期間、卓球台提供による命名権料。 -
バタフライ(株式会社タマス)公式note
「【特別な工場見学】向陽中学校卓球部がバタフライ・テックを訪問!」
2025年3月19日公開。
https://note.com/tamasu_butterfly/n/nc62d3d906937
2026年10月30日確認。地元中学校の特別見学と、通常の工場見学への対応について。
最終情報確認日:2026年10月30日。
本記事は公開資料に基づく調査記事です。工場内部への取材・訪問を行ったものではありません。製品の仕様、施設名、一般見学の可否などは変更される場合があります。