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世界のフルートに「TOKOROZAWA」の刻印!? 新所沢で作られる名器ムラマツフルートの秘密

埼玉県 / 所沢市 / 新宿線 | 更新日: 2026-10-30
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新所沢駅|所沢のものづくりと音楽

世界の音楽家が手にするフルートに、 「TOKOROZAWA」の文字が刻まれている。

「TOKOROZAWA JAPAN」。 これは観光土産の刻印ではありません。 世界の演奏家たちに使われる高級フルートに刻まれた、製造地を示す文字です。

その楽器を作っているのが、所沢市美原町に本社と工場を構える「村松フルート製作所」。 西武新宿線・新所沢駅を起点に見ていくと、住宅地のある街に、世界へ楽器を届けるメーカーがあるのです。 [1]

しかも、埼玉県の2026年の発表によると、輸出先は40か国以上。 一本一本に「TOKOROZAWA」の文字が刻まれています。 [2]

ちょっと待ってください。 所沢といえば航空公園や西武ライオンズを思い浮かべますが、世界的なフルートの製造地でもあったとは。

なぜ、所沢で作られた一本の楽器が、国境を越えて演奏家に選ばれるようになったのでしょう。 その手掛かりをたどると、まだ日本でフルートを演奏する人がごく少なかった時代に行き着きます。

情報確認日:2026年10月30日|製造元・埼玉県・所沢市の公開資料をもとに構成

なぜ世界のフルートに「TOKOROZAWA」と刻まれている?

所沢の刻印と世界地図を描いた鉛筆イラスト

まず、いちばん気になる刻印の話から。

村松フルート製作所は、1973年に現在の所沢市美原町へ本社と工場を移しました。 それ以来、この場所がムラマツフルートの製造拠点となっています。 [1]

2026年2月16日には埼玉県知事が工場を訪問。 県の記録には、製品の一本一本に「TOKOROZAWA」の文字が刻まれ、40か国以上に輸出されていることが紹介されています。 [2]

所沢から世界へ
40か国以上

2026年3月公表の埼玉県資料による輸出先の規模。 世界中のフルート奏者が手にする楽器に、所沢という地名が刻まれています。

日本語の「所沢」ではなく、アルファベットの「TOKOROZAWA」。 海外の演奏家がこの文字を目にしたとき、それは日本の一つの街を示す名前になります。

ただし、ここで一つ不思議があります。

所沢市は、フルート製造で古くから有名だった土地なのでしょうか。 実は、ムラマツフルートの物語は、所沢への工場移転よりもずっと前から始まっていました。

最初の一本に約1000時間。そもそも誰が作り始めた?

フルートを製作する職人の鉛筆イラスト

時代を1923年、大正12年まで戻します。

主人公は、村松孝一(むらまつ・こういち)。 1898年に生まれ、後に日本のフルート製作の先駆者となった人物です。

孝一はもともと、画家を志していました。 その後、陸軍戸山学校でコルネットを担当し、楽器の修理にも取り組むようになります。 そして1923年、軍を離れ、フルート製作を始めました。 [3]

ここで当時の事情を知ると、話が急に面白くなります。

製作所の資料によると、そのころ日本にいたフルート奏者は、プロとアマチュアを合わせても約20人。 フルートを作って売ろうにも、お客さんとなる人が非常に少なかったのです。 [3]

日本全国で、わずか20人ほど。 今なら一つの吹奏楽部でも出会えそうな人数です。

孝一は映画館の伴奏楽師をしたり、ペンキで看板を描いたりして収入を得ながら、製作を続けました。 楽器作りだけで暮らしていくことは、まだ難しい時代だったのです。

そして1924年、日本製フルート第1号が完成。 製作に費やした時間は、約1000時間と記録されています。 [3]

最初の一本にかけた時間
約1,000時間

1日8時間作業したと仮定すれば、125日分。 これは作業時間を単純換算した数字ですが、最初の一本を完成させることが、どれほど大きな挑戦だったのかを想像する手掛かりになります。

なお、会社の創業年は1923年とされていますが、創始者の詳しい経歴では、日本製第1号の完成を1924年としています。 作り始めた年と、完成した年は別というわけです。

それにしても、ここまで時間をかけて生まれた楽器を、どうやって事業に育てていったのでしょうか。

奏者が20人ほどしかいない国で、どうやって世界へ?

フルート奏者と世界への広がりを描いた鉛筆イラスト

最初の一本ができても、それですぐに楽器メーカーとして成功したわけではありません。

創始者の経歴を見ると、1931年に2本目の製作依頼を受けたことが記録されています。 その後、奏者からの要望に応えながら、素材や製造技術を発展させていきました。 [3]

最初は真鍮や洋白という金属を使っていましたが、1932年ごろには演奏家・吉田雅夫からの依頼を受け、初めて銀製の頭部管を製作しています。

頭部管とは、フルートを吹くときに口を当てる部分。 音を生み出す入口にあたる、重要な部品です。

ここに、ムラマツのものづくりを読み解くヒントがあります。 単に楽器を増産するだけではなく、演奏家が求めるものに合わせて、楽器そのものを改良していったのです。

1923年

村松孝一がフルート製作を開始。 国内のフルート奏者はまだ少数でした。

1924年

日本製フルート第1号が完成。 製作に約1000時間を費やしました。

1932年ごろ

演奏家の依頼を受けて銀製頭部管を製作。 楽器の進化が続きます。

1956年

累計製作本数1万本を達成。 ウィーン・フィルの首席フルート奏者だったハンス・レズニチェックらを招いた記念行事も開かれました。

1973年

現在の所沢市美原町に本社と工場を移転。

年表は村松フルート製作所の公式沿革・創始者経歴に基づきます。 [1] [3]

1956年には、製作本数がついに1万本に到達しました。 約20人の奏者しかいなかった時代の挑戦が、何千本もの楽器を生む事業になったのです。

その後、海外の演奏家との交流や販売網の発展も進みます。 ムラマツの100年史には、1969年にヨーロッパ各国を訪れて特約店契約を結んだことも記録されています。 [4]

つまり、世界への広がりは、所沢に工場が建った瞬間に始まったわけではありません。 それ以前から蓄積してきた技術と、演奏家とのつながりがあったのです。

では、世界中へ送り出すほどのメーカーになった今、製作方法は大きく機械化されたのでしょうか。

世界40か国以上へ輸出。それでも手作業を続ける理由

フルートを手作業で調整する鉛筆イラスト

大量に製品を作る工場と聞くと、大きな機械が同じ作業を繰り返す光景を想像するかもしれません。

しかし、村松フルート製作所が大切にしているのは、ハンドメイドです。

2026年2月の埼玉県知事による工場視察でも、製造現場のほとんどが手作業であることが話題になりました。 [2]

100年以上続くメーカーなのに、今も人の手が中心。 ここがムラマツフルートの大きな特徴です。

フルートは、ただの金属の筒ではない

フルートは細長い管に穴を設け、指でキーを操作して音程を変える楽器です。 見た目はすっきりしていますが、キーや連動する部品の組み合わせには精度が必要です。

息を吹き込んで音を生む楽器だからこそ、管や部品の仕上がり、操作のしやすさが演奏に関わってきます。

もちろん、手作業なら必ず優れた楽器になる、という単純な話ではありません。 技術を身につけた作り手がいて、品質を確かめ、安定して製造する仕組みがあってこそ成り立ちます。

職人だけでは完成しない、意外なチームワーク

この点について、2026年の県の訪問記録には、村松明夫社長の興味深い説明が残っています。

社長は、工場には音楽や楽器が好きな人が多い一方、それだけでは良い製品は作れないという考えを示しています。

生産管理ができる人、金属加工が得意な人、注意深く確認できる人。 異なる能力を持つ人たちが必要だというのです。 [2]

なるほど。世界で使われる楽器を作るために必要なのは、全員がフルートの名演奏家になることではありませんでした。

音をよく知る人も、金属を精密に加工する人も、製造を管理する人も。 それぞれの仕事が、一本の楽器につながっています。

2026年の工場の姿

村松社長は、従業員数について「90人ぐらい」と説明しています。 世界に展開するメーカーでありながら、一人ひとりの技術や役割を組み合わせて製品を生み出していることが分かります。 [2]

最初の一本に1000時間を費やした時代と、世界40か国以上へ輸出する現在。 作る規模は大きく変わりましたが、技術を磨き、演奏家に向き合うという姿勢にはつながりがあります。

金・銀・プラチナ。フルートは何で作っても同じ音?

三種類のフルートを描いた鉛筆イラスト

ムラマツの製品を調べると、もう一つ気になることがあります。

フルートといえば銀色のイメージですが、ムラマツには金を使ったモデルや、プラチナを使ったモデルもあります。 [5]

なんだか宝飾品のような話になってきました。 でも、楽器の素材は単なる見た目の豪華さだけで選ばれるのでしょうか。

フルートには、素材だけでなく、管の寸法や形状、頭部管の設計など、演奏時の感覚や音の響きに関わるさまざまな要素があります。

ムラマツも公式サイトで「材質による音色と響き」を取り上げ、複数の素材を使った製品を展開しています。

ただし、金製だから必ず銀製より良い音がする、あるいは高価なものが全員に合う、とは言えません。 奏者の好みや演奏方法も大切です。

これは少し、靴選びにも似ています。 高価な靴が、すべての人の足に合うわけではない。 楽器も使う人との相性が重要なのです。

最初の時代には真鍮などを使っていたムラマツが、銀や金、プラチナを用いるまでになった。 そこには、演奏家からの要望を受け止めながら、製作の選択肢を広げてきた歴史が見えてきます。

では、なぜ所沢に工場があるの?

ここまで読んで、ようやく最初の疑問に戻ります。

日本のフルート製作の先駆者が始めたメーカー。 演奏家と技術を育て、世界に広がったブランド。 それが、なぜ所沢にあるのでしょうか。

会社の公式沿革で確認できるのは、1973年に現在地へ本社と工場を移転したという事実です。 [1]

実は、所沢との関係はそれより前にもあります。 100年史には、1960年代に所沢市松葉町へ工場や本社を移した記録が残されています。 [4]

つまり、1973年に初めて所沢へやってきたのではなく、市内での拠点の変遷を経て、現在の美原町へ移ったのです。

ただ、現在の美原町を選んだ決定的な理由については、今回確認した公開資料だけでは断定できません。 土地の価格や交通の便利さなどを、移転理由として勝手に結び付けることはできません。

それでも確かなことがあります。

1973年から半世紀以上、現在の美原町に製造拠点を置き、その場所で作るフルートが世界へ届けられてきたことです。

そして、その地名を楽器に刻み続けています。

所沢は、ただ工場の住所に載っている地名ではなく、楽器そのものに記される地名になったのです。

新所沢に行けば、工場を見学できる?

ここまで知ると、実際の工場を見たくなるかもしれません。

ただし、村松フルート製作所は一般向けの常設見学施設として案内されている場所ではありません。 今回の調査では、自由見学や定期的な一般向け工場見学の受付を確認できませんでした。

埼玉県知事の視察記録があることと、誰でも工場に入れることは別です。 訪問を希望する場合は、必ず事前に製作所へ確認してください。

村松フルート製作所|基本情報
会社名
株式会社村松フルート製作所
所在地
埼玉県所沢市美原町4-2964-1
関連駅
西武新宿線・新所沢駅(駅東側の美原町エリア)
電話
04-2942-2131
事業
フルートの研究・開発・製造
創業
1923年
現所在地への移転
1973年
工場見学
一般向けの定期見学は確認できず。 工場への立ち入りは事前確認が必要です。

ちなみに、製作と販売は会社が分かれています。

所沢市美原町にあるのが製造元の「村松フルート製作所」。 販売や修理、レッスンなどを手がけるのが「村松楽器販売」です。 こちらの本社・新宿本店は、東京都新宿区西新宿にあります。 [6]

フルートの購入相談や試奏、メンテナンスなどを考えている場合は、販売会社の公式案内も確認するとよいでしょう。

所沢の名前が、世界の音楽の中に残っている

最初に見た「TOKOROZAWA」という文字。

調べる前は、楽器に刻まれた小さな製造地の表示にすぎないように見えたかもしれません。

けれど、その文字の後ろには、約1000時間をかけて最初の一本を作った村松孝一の挑戦があります。

日本にフルート奏者が20人ほどしかいなかった時代から、演奏家の求めるものを形にして、少しずつ技術を育ててきた歴史があります。

そして現在、その仕事を受け継ぐ人たちが所沢市美原町で楽器を作り、40か国以上へ届けています。

世界の演奏家がムラマツのフルートを構えるとき、そこには所沢の名がある。

新所沢の街にある工場と、遠い国のコンサートホール。 ずいぶん離れた二つの場所が、一本のフルートでつながっていました。

次に新所沢の街を歩くとき、美原町という地名が少し違って見えるかもしれません。 そこは、世界へ音楽を送り出す楽器が生まれる場所でもあるのです。

参考資料・情報確認先

以下の公開資料を参照し、2026年10月30日に情報を確認しました。 年代や製造内容は、それぞれの資料が示す時点に基づきます。

  1. [1] 株式会社村松フルート製作所|会社概要 本社工場の所在地、1923年の創業、1973年の現在地への移転など。 https://muramatsuflute.co.jp/profile/ 確認日:2026年10月30日
  2. [2] 埼玉県|西部地域(令和8年2月16日) 2026年3月31日掲載。知事の工場視察、輸出先40か国以上、TOKOROZAWAの刻印、手作業、製造現場の人員や社長との対話など。 https://www.pref.saitama.lg.jp/a0106/room-fureai/fureai-seibu-20260216.html 確認日:2026年10月30日
  3. [3] 株式会社村松フルート製作所|村松孝一 経歴 創始者の生涯、1923年の製作開始、1924年の第1号完成、約1000時間の製作時間、初期の素材、製作本数など。 https://www.muramatsuflute.co.jp/history/koichi_history/ 確認日:2026年10月30日
  4. [4] 株式会社村松フルート製作所|100周年記念誌「100年の歩み」 創業からの年表、所沢市松葉町への拠点移転、海外演奏家との交流、ヨーロッパへの販売網の展開など。 https://www.muramatsuflute.co.jp/assets/pdf/100nennoayumi.pdf 確認日:2026年10月30日
  5. [5] 株式会社村松フルート製作所|材質による音色と響き フルートの材質と製品の特徴に関する解説。 https://muramatsuflute.co.jp/material/ 確認日:2026年10月30日
  6. [6] 村松楽器販売株式会社|会社概要 製造元と販売会社の関係、新宿本店の所在地、販売・修理・レッスンなどの事業案内。 https://www.muramatsuflute.com/profile/ 確認日:2026年10月30日
  7. 補足資料|所沢市「ところざわ はじめてものがたり」 日本初のフルート製作と、製品に刻まれた「TOKOROZAWA」の紹介。 https://www.city.tokorozawa.saitama.jp/tokoronews/hibarichan/kikaku/hajimete.html 確認日:2026年10月30日

※この記事は公開情報に基づく編集記事です。 工場への現地取材や内部見学を実施したものではありません。 見学の受付、製品情報、販売・修理条件などは変更される可能性があります。

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記事の最終更新
2026-10-30
掲載・修正方針
公式情報や現地情報をもとに正確性の確認に努め、変更を確認した場合は随時更新します。
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