
EKIRIP LOCAL STORY|本川越駅・秋の川越散歩
川越の紅葉を探していたら、春の桜で知られるお寺にたどり着きました。
その名は「中院(なかいん)」。
2026年10月29日(木)放送の日本テレビ「DayDay.」では、定番の観光コースから少し離れた「裏川越」のスポットとして紹介されました。
番組で注目されたのは、これから迎える紅葉の季節。時の鐘から徒歩約20分の場所にある、天台宗別格本山・中院です。[1]
でも、調べてみると少し不思議です。
中院は、春になると見事なしだれ桜が咲くことで知られています。それなのに、秋のお出かけ先としても取り上げられる。
しかも、このお寺の歴史を調べると、すぐ近くの有名寺院「喜多院」と、思いがけない関係が見えてきます。
「中院」という名前の理由までたどると、川越の街の歴史が少し違って見えてくるのです。
なぜ桜の名所が、秋の紅葉スポットになる?

まず、境内の木々に注目してみましょう。
中院の公式サイトでは、春のしだれ桜だけでなく、季節ごとに姿を変える境内の様子が紹介されています。
3月には寒緋桜、春のお彼岸ごろにはしだれ桜やエドヒガン桜。4月にはソメイヨシノが咲き、初夏にはアジサイやツツジが彩りを添えます。
そして秋になると、キンモクセイの香りとともに、木々が少しずつ色づいていきます。
なかでも公式サイトが見どころに挙げているのが、本堂の奥にある大銀杏(おおいちょう)です。秋には金色に輝く姿が紹介されています。[2]
なるほど。中院は「春だけの寺」ではありません。
桜が主役の季節が終わると、今度は別の木々に出番が回ってくる。まるで境内全体で、季節ごとに主役を交代しているようです。
赤いモミジと黄色いイチョウ、見る場所も違う
秋に注目したいのは、大銀杏だけではありません。
過去の現地記録では、山門から本堂へ向かう周辺や、茶室「不染亭」の近くでも赤く色づくモミジが紹介されています。2024年12月1日の記録では、山門付近と不染亭周辺の紅葉が写真付きで掲載されました。[3]
本堂奥の黄金色と、境内各所の赤い葉。
中院の紅葉は、一か所の大きな木だけを見るより、場所を移しながら色の違いを楽しむ散策が似合いそうです。
2026年の紅葉について
10月29日の「DayDay.」は、中院をこれからの紅葉シーズンにおすすめの場所として紹介しています。当日の紅葉がすでに見頃だった、という意味ではありません。
過去の記録では11月下旬から12月初旬にかけて色づいた例がありますが、2026年のピークは気温や天候によって変わります。色づき具合は訪問直前に確認してください。
ここまでなら、四季の美しいお寺という話です。
ところが、中院にはもう一つ、気になる特徴があります。
「中院」の中とは?近くの喜多院と、名前がそっくりな理由

中院。喜多院。
川越には、この二つのお寺があります。
「喜多院」は漢字が違いますが、実はその前身には「北院」という名前がありました。
北があるなら、中がある。では、南もあったのでしょうか。
ありました。
川越市の文化財解説によると、もともとこの一帯には「無量寿寺」という寺院があり、鎌倉時代の再興を経て、北院・中院・南院にあたる寺院が存在しました。[4]
中院の公式寺史では、現在の中院につながる寺院は「仏地院」と呼ばれ、北院は「仏蔵院」、南院は「多聞院」と説明されています。[5]
つまり、「中院」は単独で付けられた不思議な名前ではなく、かつて一つの大きな寺院群を構成していた歴史につながる名前だったのです。
寺の名前が、昔の川越の配置図のようになっています。
ただし、現在の三つの寺院が当時のまま並んでいるわけではありません。時代の変化によって、それぞれの姿や位置は変わりました。
ここが、さらに面白いところです。
実は中院が中心だった?580余りの寺を束ねた時代

現在の川越では、喜多院の名前をよく耳にします。
五百羅漢、重要文化財の建物、江戸城から移築された客殿や書院。喜多院は川越を代表する歴史スポットの一つです。
それでは中院は、その隣にある小さなお寺だったのでしょうか。
少なくとも、昔からそうだったわけではありません。
川越市の史跡解説によると、中院の前身である仏地院は、江戸時代以前、無量寿寺の中核寺院として大きな地位を占めていました。
そして、関東天台の580余りの寺院を束ねる本山として栄えた時代があったと説明されています。[6]
580余り。
静かな境内の写真だけを見ていると、なかなか想像できない数字です。
しかも中院は、僧侶が仏教を学び、教えを研究する場所としても重要でした。
中院の公式寺史には、関東天台の主要な学問寺院である「檀林(だんりん)」の筆頭として栄えたことが記されています。檀林とは、簡単に言えば僧侶が高度な学問を修める場所です。[5]
川越市の解説によれば、当時の無量寿寺では天台宗だけでなく、日蓮宗の学僧も学んでいたとされます。[6]
ここで最初の印象が少し変わります。
中院は、季節の花木が美しいお寺であると同時に、かつて僧侶たちが集まって学ぶ、関東の仏教にとって重要な場所でもあったのです。
では、これほど大きな役割を持っていた中院が、どうして今の静かな場所にあるのでしょう。
中院は、もともと今の場所になかった?移転の背景に徳川家康

実は、中院は昔から現在地にあったわけではありません。
川越市の資料によると、かつて中院があったのは、現在の「仙波東照宮」がある場所です。[6]
仙波東照宮は、徳川家康を祀る神社。
ここで突然、徳川家康が登場します。
なぜ、川越のお寺の移転に徳川家康が関係してくるのでしょうか。
家康の遺骸は、川越に立ち寄っていた
家康が亡くなった翌年の1617年、その遺骸は久能山から日光へ移されました。
その途中、川越の喜多院に立ち寄り、天海僧正による法要が営まれています。
この出来事を由緒として、1633年に仙波東照社が建立されました。これが現在の仙波東照宮につながります。[7]
ところが1638年、川越で大きな火災が発生します。
中院も東照社も被害を受け、東照社の再建にあたり、中院は現在地へ移転することになりました。
中院公式寺史では、1639年に現在地へ移ったと記されています。その後、1733年に本堂が再建されました。[5][6]
つまり、中院の移転には、川越大火と仙波東照宮の再建という歴史が関係していたのです。
なお、中院はそれ以前にも戦火を経験しています。創建以来、すべての建物がそのまま残っているわけではありません。
中院が今の場所で静かにたたずむ理由をたどると、寺院の歴史だけでなく、徳川家と川越の関係まで見えてきました。
紅葉の小径に、島崎藤村の茶室?「不染亭」に残るつながり

寺の歴史をたどってきましたが、ここで再び境内の木々に戻りましょう。
紅葉の見どころとして記録されている場所の一つに、「不染亭(ふせんてい)」の周辺があります。
不染亭は、中院の境内にある茶室。
そして、この茶室には、作家・島崎藤村とのつながりがあります。
川越市の歴史的風致に関する資料では、藤村が川越に住む義母のために建てた離れ座敷が中院に移築され、茶室として活用されていると説明されています。[8]
川越市のロケーションライブラリにも、藤村が義母に贈った不染亭と、藤村の書による「不染の碑」が紹介されています。[9]
紅葉の向こうに見える茶室が、実は文学者ゆかりの建物だった。
これは、木々の色だけを見て歩いていたら、見落としてしまいそうな話です。
春には、普段非公開の茶室が使われることも
中院の公式サイトでは、桜の季節に「SakuraCafe(さくらカフェ)」が開かれ、通常は非公開の不染亭で抹茶や和菓子を楽しめる催しが紹介されています。[2]
ただし、これは春の催しについての案内です。秋に茶室へ自由に入れるという意味ではありません。2026年の開催日や参加条件は、寺院の最新案内で確認する必要があります。
秋には建物の外から木々と茶室の関係を知り、春には桜の季節ならではの風景を楽しむ。
同じ場所でも、季節と知識によって、注目するものが変わるのです。
本川越駅から徒歩約12分。中院を歩くなら、何を見る?
ここまでの話を踏まえると、中院は短い散策でも、見方を変えることで楽しみが増えそうです。
秋に訪れるなら、まず山門をくぐり、本堂へ向かう周辺の木々の色づきを見てみましょう。
次に本堂奥の大銀杏。ただし境内の立ち入り可能な範囲を守り、建物の裏側へ無理に進まないようにしてください。
さらに不染亭周辺の小径では、木々だけでなく、島崎藤村ゆかりの茶室があることも思い出してみてください。
そして中院の歴史に興味が湧いたら、喜多院や仙波東照宮へ足を延ばすのも一案です。
先ほどの「北院・中院・南院」の話や、徳川家康との関係を知ってから歩けば、近くにある寺社を別々の観光スポットとして見るだけでは終わりません。
ただの寄り道が、少しだけ歴史探訪になります。
中院の基本情報・アクセス
- 正式名称
- 天台宗別格本山 星野山 無量寿寺 中院
- 所在地
- 埼玉県川越市小仙波町5-15-1
- 最寄駅
- 西武新宿線「本川越駅」から徒歩約12分
- その他の駅
- 東武東上線「川越市駅」から徒歩約18分、JR・東武東上線「川越駅」から徒歩約20分
- 主な見どころ
- 大銀杏、秋の紅葉、春のしだれ桜、本堂、釈迦堂、薬師堂、島崎藤村ゆかりの不染亭
- 文化財
- 川越市指定史跡(1958年3月6日指定)
- 拝観について
- 境内の一般参拝について、公式サイト上で一律の拝観料金・開門時間は確認できませんでした。特別公開や催し、建物内部の見学条件は別途確認してください。
- 公式サイト
- 天台宗別格本山 中院
アクセスは中院公式サイト、史跡指定は川越市の文化財資料を参照。所要時間は歩く速さや経路で変わります。確認日:2026年10月30日。[10][6]
中院は現役の寺院です。境内では参拝者や法要の妨げにならないよう、静かに歩き、建物の内部や非公開区域には立ち入らないようにしましょう。
紅葉の撮影時も、三脚の使用可否などは現地の掲示や寺院の案内に従ってください。
中院の大銀杏は、川越の時間を見つめている
最初に気になったのは、春の桜で知られる中院が、なぜ秋の紅葉スポットとしてテレビで紹介されたのか、ということでした。
調べてみると、境内には秋に金色へ色づく大銀杏があり、赤いモミジを楽しめる場所もありました。
でも、見つかったのは木々の話だけではありません。
中院は、かつて関東の多くの寺院を束ね、僧侶たちが学ぶ重要な場所だったこと。
「中院」という名前には、北院や南院とともに一つの寺院群を構成していた歴史があること。
そして、現在地への移転には川越大火と仙波東照宮の再建が関係していたこと。
今の本堂は1733年に再建され、その後も釈迦堂や薬師堂が整えられてきました。境内にあるすべての建物や木々が、創建当時から同じ姿で残っているわけではありません。
それでも、この場所では長い年月のなかで寺の営みが受け継がれてきました。
本堂奥で金色に輝く大銀杏。
最初は秋の景色の一つだったその木も、中院がたどった長い歴史を知ったあとでは、少し違った風景の中に立っているように見えます。
紅葉を探しに来たつもりが、いつの間にか川越の昔の地図までたどっていた。
そんな秋の散歩ができる場所です。
中院を知ったあと、もう少し川越を歩いてみる
中院で見つけたのは、風景の奥に別の時代が重なっている面白さでした。同じ川越にも、街並みや祭り、物語を手掛かりに歴史を読み解ける場所があります。