
西東京市には、西東京市ができる前から「西東京」を名乗っていた塔があります。
その塔の名は「スカイタワー西東京」。新青梅街道沿いに立つ、高さ195メートルの大きな電波塔です。
地元では「田無タワー」と呼ばれることもあります。
ところが、この塔が完成したのは1989年。西東京市が誕生したのは2001年です。
年号で比べると、塔のほうが12年も先。
ちょっと待ってください。
まだ存在しない市の名前を、どうして塔が知っていたのでしょう。
未来を予想して名付けた? それとも、市があとから塔の名前をもらった?
調べてみると、この疑問には、意外にしっかりした手掛かりが残っていました。
スカイタワー西東京は、西東京市が成立する前から実際にその名前で呼ばれていた塔です。1989年に旧田無市が作成した郷土かるたにも、その名称が登場します。西東京市が後から塔を改名したわけではありません。[1]
1989年の古いかるたに、答えの手掛かりがあった

今回、最初に注目したいのは、塔そのものではありません。
一枚の、かるたです。
西東京市立田無第二中学校が2026年1月13日に公開した学校記事で、ある古い郷土かるたが紹介されています。
それは、1989年に田無市企画部広報広聴課が作成した「たなし郷土かるた」。
その「を」の読み札には、こう書かれていました。
ありました。しかも、かなり堂々と。
この資料が重要なのは、2001年よりずっと後に語られた思い出話ではないことです。
塔が完成した1989年に、当時の田無市が「スカイタワー西東京」という名称を郷土かるたに使っていた。
つまり、この名前が西東京市の誕生より前から存在したことを、具体的な資料で確かめられるのです。
ただ、ここで疑問が一つ増えました。
当時の市の名前は「田無市」です。
それなのに、どうして塔には「田無」ではなく「西東京」と付いていたのでしょう。
そもそも「西東京」は、市の名前ではなかった?

まず、1989年の地図を思い浮かべてみます。
現在の西東京市にあたる場所には、当時、田無市と保谷市という二つの自治体がありました。
この二つが合併して西東京市になるのは、まだ先の話です。[2]
では、「西東京」という言葉自体が存在しなかったのか。
そうではありません。
ここが今回の名前の謎を解く、大切なところです。
「西東京」は、行政上の市名として成立する前から、東京の西側の地域を示す言葉として使える名称だったのです。
「西東京市」という自治体は存在しなくても、「東京の西の地域」は存在します。
考えてみれば、たしかにそうです。
塔が表していたのは、市役所のある特定の自治体名というより、東京西部という広がりだったと捉えられます。
ただし、ここは丁寧に区別しておきたいところです。
今回確認できた資料では、1989年にこの塔の名称を最終決定した人物や、具体的な命名理由を説明する当時の記録までは確認できませんでした。
「東京西部という地理的な意味に由来する」と考えるのは自然ですが、命名者の発言として断定することはできません。
それでも、当時すでにこの名前が実際に使われていたことは、かるたが証明しています。
では、その大きな地域名を掲げた塔は、いったい何をするために建てられたのでしょう。
高さ195メートル。実は人が景色を見るための塔ではない
これだけ高い塔があれば、上から景色を見たくなります。
東京タワーのような展望台があれば、遠くまで見渡せそうです。
ところが、スカイタワー西東京は観光用の展望タワーではありません。
本来の仕事は、電波を送ったり受けたりすること。
西東京市の紹介資料によると、1989年に完成した高さ195メートルの多目的電波塔で、放送事業者や通信事業者が共同で利用する施設です。一般向けの内部見学はできません。[3]
つまり、頂上に行くための塔ではなく、遠くへ電波を届けるための塔。
先ほどのかるたが「遠くまで電波を中継」と紹介していたのは、まさにこの役割だったわけです。
どうして八角形なの?
もう少し塔の姿を見てみると、面白い特徴があります。
塔は八角形の構造をしています。
西東京市の解説では、八角形にすることで、さまざまな方位にアンテナを取り付けられると説明されています。[3]
つまり、形にも仕事上の理由があったのです。
運営会社を紹介する小泉グループの資料によると、塔には防災行政無線、タクシー無線、携帯電話、コミュニティFM放送などのアンテナが設置されています。[4]
警察や消防の通信をすべて担っている、という話ではありません。確認できるのは、自治体の防災無線をはじめとする複数の通信用途に使われているということです。
見た目は一本の塔なのに、中ではいくつもの通信の仕事が重なっている。
ずいぶん働き者です。
しかも、ここから名前の話がもう一段進みます。
この塔からは、なんと西東京市ができる前から「西東京」を名乗るラジオ局も電波を送っていたのです。
塔だけじゃない。「FM西東京」も市より先に存在した
次の手掛かりは、ラジオです。
地域密着型の放送局「エフエム西東京」。周波数は84.2MHz。
同局の公式会社概要によると、開局は1998年1月31日です。
しかも送信所は、今回の主役であるスカイタワー西東京。所在地も西東京市芝久保町5丁目8番2号で、塔と同じ住所です。[5]
ここで、時間の流れを並べてみましょう。
スカイタワー西東京が完成。「たなし郷土かるた」にもその名が登場。
エフエム西東京が旧田無市で開局。塔を送信所に利用。
田無市・保谷市の合併に向け、新しい市の名前を公募。
市民意向調査を経て、新市名を「西東京市」に決定。
田無市と保谷市が合併し、西東京市が誕生。
この順番、なかなか面白くありませんか。
まず塔が「西東京」を名乗りました。
続いて、ラジオ局も「西東京」を名乗りました。
その後で、自治体としての「西東京市」が誕生します。
塔の名前が先。ラジオ局の名前も先。
市の名前は、ずいぶん後から登場するのです。
エフエム西東京自身も2025年の公式記事で、西東京市誕生より3年前の1998年に、旧田無市で開局したことを紹介しています。[5]
ここまで来ると、今度こそ気になります。
それなら、西東京市という名前は、塔やラジオ局から取ったのでしょうか。
では、西東京市は塔の名前をもらったのか?

これが、今回いちばん慎重に考えたい疑問です。
名前が同じ。そして、塔のほうが先。
ここだけ見ると、「西東京市は田無タワーから名付けられた」という結論に飛びつきたくなります。
でも、市の公式資料を確認すると、名前が決まるまでには、きちんとした公募と選考の過程がありました。
田無市と保谷市は、1999年11月1日から12月31日まで、新市名を募集しています。
応募総数は8,753件。
寄せられた名称は、なんと3,190種類です。[2]
3,190種類。
新しい市に名前を付けるだけで、ずいぶん大きな選考会になっています。
候補は段階的に絞られ、最後に残ったのが次の5つでした。
「ひばり市」になっていた可能性もあったのです。
ひばりヶ丘という地名を知っていると、これはこれで想像しやすい名前かもしれません。
そして2000年7月30日、市民意向調査が実施されます。
最も多く選ばれたのは「西東京市」。合併協議会は同年8月3日、その結果を踏まえて新市名を決めました。[2]
結局、塔が名付け親だった?
ここで分かる事実は、次の二つです。
一つは、市名の決定より前に、塔とラジオ局が「西東京」という名称を使っていたこと。
もう一つは、市の正式名称が公募と市民意向調査を経て決まったことです。
ただし、「塔の名前が決め手となって西東京市が誕生した」とまでは、市の公式資料から確認できません。
塔やラジオ局の名前を知っていた人が、合併後の市名を選ぶ際に親しみを感じた可能性はあります。
しかし、それを市名決定の直接の理由として断定するのは、資料を一歩飛び越えてしまいます。
ここは、分かることと分からないことを分けておきましょう。
確かなのは、市ができるずっと前から、この地域で「西東京」という名前が使われていたことです。
そして、その古い名前を掲げた塔は、市が誕生してからも変わらず立ち続けています。
実は、その塔には、名前とは別にもう一つ面白い役割があります。
夜になると、電波だけでなく、光でも地域に情報を伝えるのです。
塔の先端が紫色に光る。今度は何を伝えている?
夜のスカイタワー西東京を見て、先端の光の色が日によって違うと感じたことはありませんか。
実は、あの色にも意味があります。
東京新聞が2023年5月7日に紹介した記事によると、ライトアップは翌日午前中の天気予報を伝えています。[6]
紫が晴れ、緑が曇り、青が雨。
晴れが黄色ではなく紫なのも、ちょっと面白いところです。
もちろん、これは塔が独自に明日の天気を予知しているわけではありません。予報を色で伝える仕組みです。
特別な催しや啓発活動に合わせて、通常とは異なる色にライトアップされることもあります。そのため、いつでもこの3色だけとは限りません。
とはいえ、昼は通信のために働き、夜は空の上から天気を知らせる。
塔が最初から持っていた「情報を届ける」という役割は、少し形を変えて、街の風景の中にも表れているのです。
この塔を見るなら、どこへ行けばいい?
スカイタワー西東京は、新青梅街道沿いの芝久保町にあります。
西武新宿線の田無駅や花小金井駅のある地域で、近くには多摩六都科学館もあります。[6]
ただし、展望台を備えた観光施設ではなく、通信設備です。塔の内部に入ることを目的に訪れる場所ではありません。
スカイタワー西東京|基本情報
- 名称
- スカイタワー西東京(通称:田無タワー)
- 所在地
- 東京都西東京市芝久保町5-8-2
- 完成
- 1989年(平成元年)
- 高さ
- 195メートル
- 主な用途
- 放送・通信・防災行政無線などの基地局、中継設備
- 公共交通でのアクセス
- 西武新宿線・田無駅北口から西武バスを利用。「西原グリーンハイツ」下車、徒歩約7分。FM西東京の公式アクセス案内に基づきます。運行状況は利用前にご確認ください。
- 塔内部の見学
- 一般向けの内部見学不可。塔への立ち入りではなく、周辺の公道などから外観を眺める形になります。
- 運営会社
- 株式会社田無タワー(小泉グループ)
所在地・用途:運営会社資料。アクセス:FM西東京公式。内部見学:西東京市の施設紹介。情報確認日:2026年10月28日。[3][4][5]
市より先に、その名前は空に立っていた
1989年。
まだ田無市と保谷市が別々に存在していた時代に、高さ195メートルの塔が完成しました。
その名前は、スカイタワー西東京。
当時の郷土かるたにも、その名が記されています。
1998年にはエフエム西東京が開局し、塔から地域に向けて電波を届け始めました。
そして2001年、田無市と保谷市が合併し、「西東京市」が生まれます。
未来の市名を予言した塔だった、という話ではありません。
もともと地域で使われていた「西東京」という名前が、塔にも、ラジオ局にも、そして新しい市にも重なっていった。
少なくとも、確認できた資料からは、そういう時間の流れが見えてきます。
そう考えてから、もう一度あの塔を見上げてみると、少し印象が変わりませんか。
あの鉄骨の上には、1989年から続く「西東京」という名前があります。
夜には、紫や緑や青の光で、翌日の天気を知らせています。
市の誕生より早く名前を掲げ、今も街に情報を伝え続ける塔。
いつもの景色の中に、実は市より少し年上の「西東京」が立っていたのです。
参考資料・出典
記事中の年号、名称、設備の用途などは、自治体・学校・施設運営者・放送局の公開情報を中心に確認しています。
- 西東京市立田無第二中学校「中央委員会を実施」 1989年に田無市が作成した「たなし郷土かるた」と、当時の「スカイタワー西東京」の名称を紹介。2026年1月13日更新。 https://www.nishitokyo.ed.jp/j-tanashi2/life/photgallery/r7photo/20260113170350271.html 確認日:2026年10月28日
- 西東京市「西東京市名称の由来」 田無市・保谷市の合併、新市名の公募、応募総数、最終候補、市民意向調査、2001年1月21日の市発足について。2024年5月16日更新。 https://www.city.nishitokyo.lg.jp/siseizyoho/syokai/symbol/yurai.html 確認日:2026年10月28日
- 西東京市「おでかけ図鑑 映像(P15 スカイタワー西東京)」 1989年完成、高さ195メートル、八角形の構造、共同利用の電波塔としての用途、内部見学不可の案内。 https://www.city.nishitokyo.lg.jp/movie/odekakezukan/shinaispot/2015odekakezukan017.html 確認日:2026年10月28日
- 株式会社小泉「電波塔事業」および「株式会社田無タワーが小泉グループに入りました」 スカイタワー西東京の運営会社、所在地、通信・放送・防災無線などの設備用途について。 https://www.koizumig.co.jp/work/moreenterprise/ 確認日:2026年10月28日
- FM西東京 84.2MHz「会社概要」および公式開局記録 1998年1月31日の開局、スカイタワー西東京を利用する送信所、所在地、公共交通によるアクセス。 https://842fm.com/about/ https://842fm.com/news/38275/ 確認日:2026年10月28日
- 東京新聞「スカイタワー西東京(田無タワー) 街の象徴 明日を照らす」 2023年5月7日朝刊の紹介記事。塔の役割、翌日午前中の天気予報を伝えるライトアップ、周辺環境について。東京新聞オフィシャルショップ掲載の本文抜粋を確認。 https://www.tokyo-np.shop/c/itemlist/tokyo/photoservice/nozomu20230507-b 確認日:2026年10月28日