
関東でおなじみのスーパー「ベルク」。その出発点は、山に囲まれた秩父の小さな食品スーパーだった。
埼玉県で暮らしていると、何かとお世話になるスーパーマーケット「ベルク」。
野菜、肉、魚、お弁当、お菓子。今日の夕飯から週末のまとめ買いまで、生活にすっかり溶け込んだお店です。
ところで、このベルク。どこで生まれたスーパーか知っていますか?
大きなショッピングセンターが並ぶ街でしょうか。それとも交通の便利な都市部でしょうか。
答えは、埼玉県秩父市。
1959年、今から67年前に「主婦の店秩父店」という名前で始まったのです。[1]
しかも、当時の秩父でベルクが目指したのは、単に食品を売ることではありませんでした。
山に囲まれた街で、新鮮な食料品を手に入れやすくすること。
そこから、現在の巨大なスーパーマーケットチェーンにつながる物語が始まります。
ベルク店舗数
なぜベルクは、山に囲まれた秩父から始まった?

今のベルクを思い浮かべると、広い駐車場や整った売り場、ずらりと並ぶ商品が印象的です。
ところが、誕生の舞台は秩父盆地。
四方を山に囲まれた地域から、なぜ広域チェーンが生まれたのでしょうか。
この疑問を解く手掛かりは、ベルクの採用サイトに掲載されたトップメッセージにあります。
そこには、1959年の創業当時、山に囲まれた秩父では手に入りにくかった新鮮な食料品を、地域の人々に提供するという考え方があったと説明されています。[2]
なるほど。出発点は「どこに大きな店を出せば儲かるか」という話よりも、「この地域の暮らしに何が必要か」という発想だったのです。
山に囲まれていることは、景色の魅力である一方、当時の食品流通を考えるうえでは重要な地域条件でもありました。
もちろん、秩父に新鮮な食品がまったくなかったという意味ではありません。ベルク自身の説明は、当時手に入りにくかった食品を、より身近に届けようとしたというものです。
地域の課題:山に囲まれた秩父で、新鮮な食料品を手に入れることの難しさ。
新しい提案:生鮮食料品を扱うスーパーマーケットを地域につくる。
目指したもの:地元の人々の日々の買い物を、もっと便利で充実したものにすること。
今では当たり前のように見える「近所のスーパーで新鮮な食材を買う」という行為。
その当たり前を秩父につくろうとしたのが、ベルクの原点だったわけです。
ただ、ここでもう一つ気になることがあります。
当時の店名は「ベルク」ではなく「主婦の店」。しかも、売り方そのものにも新しさがありました。
1959年の「主婦の店」。何が新しかったのか?

1959年5月、創業者の原島善一(はらしま・ぜんいち)は、資本金200万円で「株式会社主婦の店秩父店」を設立しました。
そして同年6月、秩父市に「宮側店」を出店します。これがベルクの第1号店です。[1][3]
「主婦の店」という名前からは、地域の家庭の買い物を支える、親しみやすいお店が想像できます。
しかし、創業者が注目していたのは、その時代に広がり始めた新しい販売方法でした。
自分で商品を選ぶ「セルフサービス方式」
ベルクの有価証券報告書によると、原島善一は日本の小売業がセルフサービス方式を取り入れ始めたことに注目し、この売り方に将来性を感じていたとされています。[3]
セルフサービスとは、買い物客が売り場の商品を自分で選び、会計する仕組みのこと。
今のスーパーなら普通です。
むしろ、自分で野菜を選べないスーパーを想像する方が難しいかもしれません。
けれども、1950年代の日本では、商店の人に商品を取ってもらう対面販売も身近な買い物の形でした。
そこへ、自分で商品を見比べ、必要なものを選べる新しいスタイルが広がり始めます。
当時の秩父で取り組んだのは、新鮮な食品を届けることと、新しい買い物の仕組みを持ち込むこと。
この二つを合わせて考えると、1959年の「主婦の店」が何を目指したのか、少しずつ見えてきます。
現在のような巨大な店舗網は、もちろんまだありません。
でも、買い物を便利にするために売り方を変えるという発想は、すでに始まっていたのです。
それなら、なぜ「主婦の店」が「ベルク」になった?

ここまで分かったところで、名前に戻りましょう。
「主婦の店秩父店」が第1号店だったのなら、どうして現在の看板は「ベルク」なのでしょうか。
実は、この名前の変化に、お店が地域を越えて広がっていく歴史が残されています。
株式会社主婦の店秩父店を設立。6月に宮側店を出店。
営業地域の拡大などに対応するため、株式会社主婦の店ベルクへ商号を変更。
企業イメージの向上を目的に、現在の株式会社ベルクへ商号を変更。
つまり、「主婦の店」から突然「ベルク」になったわけではありません。
1983年には、二つの名前が合体した「主婦の店ベルク」という時期があったのです。[1]
少し長い名前ですが、創業時の呼び名と新しいブランドが一緒に残っている、ちょうど移り変わりの時代を表しています。
「ベルク」は山の名前ではなかった
ベルクという響きから、ドイツ語で山を意味する「Berg」を連想する人もいるかもしれません。
秩父は山に囲まれた街。なんだか、ぴったりです。
ところが、公式に説明されている社名の由来は別のところにあります。
これはベルクの経営理念で、日本語では「地域社会の人々により充実した生活を」という意味です。
英語の言葉の一部を組み合わせたものが「Belc」という社名の由来になっています。[2][4]
山の街で生まれたスーパーなのに、名前の由来は山そのものではなく、地域の人々の生活。
ここはちょっと意外な組み合わせです。
でも、秩父で新鮮な食料品を届けようとした創業時の考え方を思い出すと、この名前には納得できるものがあります。
秩父で生まれた店の目的が、地域を越えて使える言葉になった。そんな変化として見ることができます。
秩父の1店舗は、どうやって148店舗になった?

1959年に宮側店から出発したベルク。
2026年10月時点で、公式店舗検索には148店舗と記載されています。[5]
1店舗から148店舗。
数字だけでも大きな変化ですが、ここで気になるのは、店が増えても食品の鮮度や買い物のしやすさをどう保つのかという問題です。
店舗が10倍、100倍と増えていけば、一つのお店の工夫だけでは対応しきれません。
そこで重要になったのが、物流センターと店舗運営の標準化でした。
新鮮な食品を届けるために、物流を整える
ベルクは1990年に熊谷市へ日配センター、1991年に生鮮センター、1992年にグロサリーセンターを開設しました。
日配とは牛乳や豆腐など日常的に補充が必要な食品、グロサリーとは調味料や菓子などの加工食品を中心とした商品分野を指します。
さらに1999年には、これらの拠点を統合して寄居町に物流センターを開設しています。[1]
なぜ、こんな施設が必要なのでしょう。
食品スーパーには、売り場の品物を切らさず、必要な商品を安定して届ける仕組みが欠かせません。
特に生鮮食品は、鮮度の管理も重要です。
ベルクは自社物流センターを運営することで、配送の効率化やコスト削減に加え、商品の鮮度や品質の向上にも取り組んでいます。[4]
1959年の秩父で始まった「新鮮な食料品を届けたい」という考え方。
その取り組みは、後に大きな物流の仕組みを必要とする規模へ発展したのです。
どの店でも買い物しやすい理由は「標準化」
もう一つの特徴が、店舗運営の標準化です。
標準化とは、売り場の配置や作業手順を整理し、良い方法を多くの店で共有すること。
ベルクは、地域ごとに売り場のパターンを設け、統一された作業方法を活用することで、効率的な店舗運営を目指しています。[4]
同じチェーンの別の店舗でも、なんとなく買い物の勝手が分かる。
その便利さは、こうした仕組みと関係しています。
一方で、全店舗をまったく同じにするという意味ではありません。地域に合った売り場づくりと、共通の仕組みを組み合わせているのです。
小さな店から大きなチェーンへ。
増えたのは看板の数だけではなく、その裏で商品を届け、お店を動かす仕組みだったことが分かります。
ベルクのお惣菜にも、秩父から続く考え方がある?
物流や店舗運営と聞くと、少し会社の仕組みの話に感じるかもしれません。
では、私たちが実際に買う商品ではどうでしょうか。
ベルクの店頭で目にするお弁当やサラダ、巻き寿司などのお惣菜。
こうした商品を支えているのが、ベルクのグループ会社「ホームデリカ」です。
1998年に設立されたホームデリカは、惣菜などを製造し、ベルクの店舗へ商品を供給しています。[1][6]
どんな商品を作っている?
ホームデリカが公式サイトで紹介している主な商品分野には、次のようなものがあります。
| サラダ | 野菜などを使った惣菜商品 |
|---|---|
| 煮物 | 家庭の食卓に取り入れやすい和惣菜 |
| おにぎり | 日常の食事や軽食に便利な米飯商品 |
| お弁当 | 食事を手軽に用意できる商品 |
| 巻き寿司 | 米飯を中心とした寿司商品 |
ホームデリカでは「Shunsai(しゅんさい)」という惣菜ブランドも展開しています。
この名前には、旬を彩る惣菜という意味が込められています。[6]
さらに、完成した惣菜だけでなく、店舗で効率よく調理するための食材キットなども供給しています。
つまり、食品を作る工場と、最後に商品を販売する店舗が役割を分担しているわけです。
買い物客からすれば、棚に並んでいるお惣菜は一つの商品。
しかし、その裏には製造、配送、店頭での調理や販売という複数の仕事があります。
小さな食品スーパーから始まったベルクが、多くの地域で食品を届けられるようになった理由が、ここにも見えてきます。
※紹介した商品は公式事業案内に掲載されているカテゴリーです。すべての店舗で常時販売していることや、個別商品の現在価格を保証するものではありません。
創業した「宮側店」は、今も秩父にある?
ここまで来ると、最初のお店を見てみたくなります。
1959年6月にオープンした、ベルク第1号店の「宮側店」。
秩父に行けば、今でも買い物できるのでしょうか。
残念ながら、創業時の宮側店は1999年2月に閉店しています。[1]
1959年の開店から約40年。
ベルクが大きく成長していく途中で、第1号店はその役割を終えました。
さらに、会社の本店所在地も1996年に秩父市から寄居町へ移転し、2015年には鶴ヶ島市へ移っています。
現在のベルクの本社は、秩父市ではありません。
少し寂しい気もしますが、ここが今回の歴史の面白いところです。
創業した店舗がなくなり、本社の場所も変わっても、ベルクが秩父で生まれたという事実は変わらないのです。
| 会社名 | 株式会社ベルク |
|---|---|
| 創業地 | 埼玉県秩父市 |
| 設立 | 1959年5月 |
| 創業者 | 原島善一 |
| 創業時の商号 | 株式会社主婦の店秩父店 |
| 第1号店 | 宮側店(1959年6月開店) |
| 第1号店の閉店 | 1999年2月 |
| 現在の本社 | 埼玉県鶴ヶ島市脚折1646番 |
| 公式サイト | ベルク公式サイト |
※旧宮側店の正確な創業時所在地や、現存建物・記念碑の有無については今回確認できる公式資料で特定していません。旧店舗の見学先として案内するものではありません。
昔の秩父から、現在のベルクへ。何が変わらなかった?

ここで一度、1959年に戻ってみます。
秩父に生まれた「主婦の店秩父店」は、地域の人々に新鮮な食料品を届けることを目指していました。
その後、店舗が増え、名前が変わり、物流センターができ、惣菜工場が整えられていきました。
そして2026年には、ベルクだけで148店舗を展開する規模になっています。
売り場の姿も、商品を届ける方法も、創業当時とは大きく違うはずです。
それでも、創業の考え方と現在の企業理念を並べると、共通するものがあります。
それは、地域の人々の生活を、食品や買い物を通じて支えること。
現在のベルクでは、移動スーパー「とくし丸」による買い物支援や、ネットスーパーなどの取り組みも紹介されています。移動スーパーでは、約300品目の商品をそろえる販売形態が案内されています。[4]
1959年と2026年では、暮らしの困りごとも、必要とされるサービスも違います。
しかし「買い物をもっと便利にするにはどうすればいいか」という問いは、今も続いていると読み取れます。
昔の秩父で生鮮食品を届けようとしたお店が、現在は物流、惣菜、移動販売、ネットサービスまで手がけている。
67年という時間の長さは、店舗数だけでなく、買い物を支える方法の変化にも表れているのです。
ベルクの歴史は、どこで詳しく見られる?
今回の物語は、ベルク自身が公開している会社沿革や採用サイト、企業資料をもとにたどることができます。
特に見比べると面白いのは、創業当時の話と、現在の店舗運営の仕組みです。
| 公式沿革 | 1959年の設立から、宮側店の閉店、物流センターや本社移転まで年表で確認できます。沿革を見る |
|---|---|
| 創業の考え方 | 秩父で新鮮な食料品を提供しようとした経緯と、社名に込められた意味を確認できます。トップメッセージを見る |
| 現在の仕組み | 標準化、物流センター、移動スーパー、惣菜工場などを紹介。ベルクの強さを見る |
| 商品づくり | ホームデリカの惣菜製造やShunsaiブランドについて確認できます。ホームデリカを見る |
| 現在の店舗 | 公式の店舗検索では、秩父市を含む各地の店舗情報やチラシを確認できます。店舗を探す |
また、ベルクの歴史については、朝日新聞社のビジネスメディア「ツギノジダイ」にも、創業家出身の経営者へのインタビュー記事が掲載されています。
創業者の孫にあたる原島一誠氏が、家業への関わりや経営について語った記事です。
「バケツの底がぬけていた」拡大路線に危機感 ベルク4代目の人材戦略|ツギノジダイ
企業の年表だけでは分からない、経営を引き継ぐ人の視点からもベルクの歴史を読むことができます。
いつものベルクの看板が、少し違って見える
いつも利用しているスーパー「ベルク」。
その名前を最初に見たとき、秩父の街を思い浮かべる人は、あまり多くないかもしれません。
でも、歴史をたどると見えてきたのは、1959年に山に囲まれた秩父で、新鮮な食料品を地域の人々に届けようとした一つのお店でした。
そこに新しいセルフサービス方式が加わり、店舗網を支える物流の仕組みが整い、やがて現在のベルクへと育っていきました。
第1号店の宮側店は、もう営業していません。
それでも、あの店から始まった「地域の暮らしを充実させたい」という考え方は、今の企業理念にもつながっています。
次にベルクで買い物をするとき、野菜売り場やお惣菜の棚が、ほんの少し違って見えるかもしれません。
その当たり前の買い物の始まりには、67年前の秩父がありました。
そして、あの「ベルク」という名前には、山の名前ではなく、地域の人々の生活をより良くしたいという意味が込められていたのです。
もう少し、秩父の街の物語を歩いてみる
ベルクの歴史を知ると、秩父の街に残る昔のお店や建物も気になってきます。創業の歴史から少し寄り道して、こんな街の話もどうぞ。
参考資料・出典
本記事は、ベルクの公式沿革、企業資料、採用サイト、グループ会社の公開情報、経営者インタビューをもとに構成しています。創業時の出来事と現在のサービスを区別し、確認できる範囲で紹介しています。
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株式会社ベルク「沿革」
1959年の会社設立、宮側店開店、社名変更、各センターの開設、1999年の宮側店閉店など。https://www.belc.jp/company/about/history 確認日:2026年11月4日
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株式会社ベルク 採用サイト「トップメッセージ」
山に囲まれた秩父での創業背景、新鮮な食料品の提供、経営理念と社名の由来。https://recruit.belc.jp/employment/special/topmessage.html 確認日:2026年11月4日
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株式会社ベルク「有価証券報告書 第66期・沿革」
創業者・原島善一、資本金200万円、セルフサービス方式への着目と会社設立の経緯。有価証券報告書の沿革を読む(IRBANK掲載) 2025年5月22日提出資料/確認日:2026年11月4日
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株式会社ベルク 採用サイト「3分でわかるベルクの強さ」
経営理念、店舗標準化、物流センター、移動スーパーなどの取り組み。https://recruit.belc.jp/employment/special/threemin.html 確認日:2026年11月4日
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株式会社ベルク「店舗情報・チラシ」
2026年10月現在のベルク148店舗という公式掲載情報。https://www.belc.jp/shop 対象時点:2026年10月/確認日:2026年11月4日
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株式会社ホームデリカ「ホームデリカについて」
惣菜の製造、店舗向け商品供給、Shunsaiブランドと商品分野。https://homedelica.jp/about/ 確認日:2026年11月4日
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株式会社ベルク「会社概要」
会社設立年月、本社所在地などの基本情報。https://www.belc.jp/company/about/overview 確認日:2026年11月4日
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ツギノジダイ「『バケツの底がぬけていた』拡大路線に危機感 ベルク4代目の人材戦略」
創業家出身の経営者・原島一誠氏へのインタビュー。ベルクの歴史と経営の背景を補足する取材記事。https://smbiz.asahi.com/article/14710748 確認日:2026年11月4日
※本記事はekiripによる独立した地域歴史紹介です。ベルクの公式記事、広告、協賛記事ではありません。歴史に関する資料の解釈は、確認できる事実と区別して記述しています。