
TOKOROZAWA MUSIC HISTORY|1982.11.03
現在のベルーナドームに刻まれた、クイーン来日公演の記録。

埼玉県所沢市にある「ベルーナドーム」。プロ野球の埼玉西武ライオンズの本拠地として知られ、今では人気アーティストの大型ライブも開催される場所です。
ところが、この球場の歴史を44年前までさかのぼると、ちょっと信じられない名前が登場します。
フレディ・マーキュリー。
映画『ボヘミアン・ラプソディ』でも知られる、イギリスのロックバンド「クイーン(QUEEN)」のボーカリストです。
あの世界的ロックスターが、1982年11月3日、所沢の西武球場で歌っていたというのです。
しかも、「ボヘミアン・ラプソディ」「ウィ・ウィル・ロック・ユー」「伝説のチャンピオン」まで演奏されていました。
でも、ここで一つ疑問が浮かびます。
1982年の西武球場といえば、まだドームではなかったはず。なぜクイーンが、所沢の屋外野球場でライブをしていたのでしょうか。
1982年11月3日、西武ライオンズ球場はクイーンの来日ツアー最終公演の会場でした。
これはファンの記憶だけではありません。ユニバーサルミュージックが公開する来日公演の公式記録にも、日付と会場名が残されています。[1]
なぜクイーンは、東京ではなく所沢の球場へ来た?

まず気になるのは、公演会場です。
クイーンほどの世界的なバンドであれば、東京の日本武道館で演奏していても不思議ではありません。
実際、クイーンは1975年4月19日、日本武道館で初来日公演を行っています。[1]
しかし1982年、来日ツアーの締めくくりに選ばれたのは、埼玉県所沢市の西武ライオンズ球場でした。
ここで当時のツアー日程を確認してみましょう。
| 日付 | 都市 | 会場 |
|---|---|---|
| 10月19日 | 福岡 | 九電記念体育館 |
| 10月20日 | 福岡 | 九電記念体育館 |
| 10月24日 | 兵庫 | 阪急西宮スタジアム |
| 10月26日 | 名古屋 | ポートメッセなごや |
| 10月29日 | 札幌 | 月寒グリーンドーム |
| 11月3日 | 所沢 | 西武ライオンズ球場 |
1982年の来日ツアーは5都市6公演。公演履歴資料をもとに整理。[2]
福岡、兵庫、名古屋、札幌と巡り、最後に所沢へ。
東京でも横浜でもなく、所沢です。
現在の感覚では少し意外かもしれません。しかし当時の西武球場は、1979年に西武ライオンズの本拠地として使用が始まったばかりの、新しい大型球場でした。
クイーンの1982年ツアーは、アルバム『ホット・スペース』を携えて行われたワールドツアーです。日本では体育館だけでなく、スタジアムを使用する公演も組まれていました。
つまり西武球場は、野球だけでなく、大勢の観客を集める大規模コンサートにも使われる会場だったわけです。
ただし、主催者がなぜ最終会場として所沢を選んだのか、その具体的な選定理由までは確認できません。交通条件や収容規模だけで理由を断定することは避けたいところです。
それでも、この場所でクイーンが演奏したという事実は、当時のチケットや公演記録によって確かめられます。
そして、ここからもう一つ面白いことが分かります。
クイーンが立ったのは、私たちが知る現在のベルーナドームとは、見た目がかなり違う球場だったのです。
フレディが歌った西武球場には、まだ屋根がなかった

今のベルーナドームを思い浮かべてください。
巨大な屋根がスタンドとグラウンドを覆っています。ところが1982年には、その屋根がありませんでした。
西武ライオンズ球場がドーム球場になったのは1999年。クイーン公演から17年も後のことです。[3]
当時は、空に向かって開かれた屋外球場。
現代のベルーナドームの姿しか知らないと、ここで頭の中の景色を描き直す必要があります。
| 比較 | 1982年の西武球場 | 現在のベルーナドーム |
|---|---|---|
| 球場名 | 西武ライオンズ球場 | ベルーナドーム |
| 屋根 | なし・屋外球場 | 大型屋根あり |
| 主な用途 | プロ野球・コンサートなど | プロ野球・コンサート・各種イベントなど |
| 設備 | ドーム化前の球場設備 | 2021年の大規模改修を経た設備 |
| 場所 | どちらも埼玉県所沢市上山口の同じ球場 | |
さらに、コンサート当日の資料には「雨天決行」という記載も残されています。[4]
今の屋根のある球場なら、雨天決行という言葉はそれほど意外ではありません。
しかし1982年は屋外球場です。
11月の所沢で、屋根なしのロックコンサート。現代の感覚では、なかなか思い切った組み合わせです。
当日の気温や天候を正確に裏付ける気象記録は今回確認していないため、寒さや雨の状況を断定することはできません。
ただ、当時の会場が現在と違う屋外空間だったことは確かです。
その開放された球場に、フレディ・マーキュリーの声が響いた。
では実際に、どんなコンサートだったのでしょうか。
1982年11月3日、いったい何が演奏された?

ここからは、当日の公演記録をたどってみます。
まず、当時の告知資料に残る基本情報です。
- 公演日
- 1982年11月3日(水・文化の日)
- 公演名
- PARCO QUEEN JAPAN TOUR '82
- 会場
- 西武ライオンズ球場(埼玉県所沢市)
- 開場・開演
- 16:00開場/17:30開演予定
- 当時のチケット記録
- QUEEN'S SEAT 4,500円の券面を確認
- 天候対応
- 雨天決行の記載あり
当時のチケット・告知資料を収集したQueenConcertsのアーカイブに基づく歴史情報。現在の公演案内ではありません。[4]
16時開場、17時30分開演。
ここで当時の資料を見ていて、つい目が止まるのがチケットの金額です。
QUEEN'S SEAT、4,500円。
もちろん、1982年と現在では物価もコンサートの価格体系も違うため、単純に安いとは比較できません。
それでも、世界的ロックバンドの所沢公演のチケットに、その金額が印刷されていたと思うと、1982年が急に身近になります。
会場にいたのは、クイーンの4人
当日のクイーンは、おなじみの4人で構成されていました。
ボーカルのフレディ・マーキュリー、ギターのブライアン・メイ、ドラムのロジャー・テイラー、ベースのジョン・ディーコン。
さらに、ツアーではキーボード奏者のフレッド・マンデルも参加しています。[4]
フレディの歌声、ブライアンのギター、ロジャーのドラム、ジョンのベース。
映画やライブ映像の中で見てきたメンバーたちが、所沢にそろっていたのです。
実際の演奏順を見てみよう
当日のセットリスト(演奏曲目と順番)は、音楽公演の記録サイトsetlist.fmやQueenConcertsなどに残されています。[5]
確認できる曲順を整理すると、次のようになります。
- Flash(録音による導入)
- The Hero
- We Will Rock You(高速版)
- Action This Day
- Play the Game
- Calling All Girls
- Now I'm Here
- Put Out the Fire
- Dragon Attack
- Love of My Life
- Save Me
- Get Down, Make Love
- Guitar Solo
- Body Language
- Under Pressure
- Fat Bottomed Girls
- Crazy Little Thing Called Love
- Bohemian Rhapsody
- Tie Your Mother Down
- Teo Torriatte
- Another One Bites the Dust
- We Will Rock You
- We Are the Champions
- God Save the Queen(録音による終幕)
ファンによる公演記録に基づく主要曲順。演奏の一部にメドレーやリプライズがあり、ギターソロなどを含みます。冒頭と終幕の録音曲は生演奏ではありません。表記や曲数は資料ごとに整理方法が異なります。[5]
どうでしょう。
知っている曲が、ずいぶん並んでいませんか。
「アンダー・プレッシャー」「愛という名の欲望」、そして「ボヘミアン・ラプソディ」。
さらに終盤には「ウィ・ウィル・ロック・ユー」と「伝説のチャンピオン」。
どこかの海外スタジアムの話ではありません。
これらの名曲が、所沢の西武球場で披露されたのです。
「ウィ・ウィル・ロック・ユー」は、なんと2回登場する
セットリストをよく見ると、少し不思議なことに気づきます。
「We Will Rock You」が2回登場しています。
同じ曲を間違えて2回書いたのでしょうか。
そうではありません。
前半に登場するのは、通常よりテンポの速い「ファースト・バージョン」。後半では、おなじみのバージョンが演奏されています。
同じ曲でも、ライブならではの違う表情を見せていたわけです。[5]
そしてアンコールでは、もう一つ日本公演ならではの曲が登場します。
「手を取りあって」が、所沢で歌われた
その曲は「Teo Torriatte (Let Us Cling Together)」。邦題は「手を取りあって」です。
クイーンが1976年に発表したアルバム『華麗なるレース』に収録された曲で、日本語の歌詞が含まれていることで知られています。
1982年の西武球場公演では、この曲がアンコールの中で演奏されたと記録されています。[6]
イギリスのロックバンドが、日本のファンに向けた特別な曲を歌う。
しかも、その舞台が所沢。
ここで、世界的スターの公演という大きな話が、少しだけ日本との近い関係に変わって見えます。
ブライアン・メイのギターには、日本の「さくら」も
さらに、ファンによる演奏記録には、ブライアン・メイのギターソロに日本の楽曲「さくらさくら」の一節が含まれていたとあります。[5]
これはセットリスト上の独立した演奏曲ではなく、ギターソロの一部として記録されているものです。
「手を取りあって」に加えて「さくらさくら」。
世界を巡るツアーでありながら、その日の日本の観客を意識した演奏が含まれていたことがうかがえます。
ここまで分かると、次の疑問が浮かびます。
この所沢公演、音で聴いたり、映像で見たりすることはできるのでしょうか。
実は、所沢のクイーン公演には映像が残っている

昔の伝説的なライブは、写真や当時の観客の記憶だけを手掛かりに語られることもあります。
しかし1982年11月3日の西武球場公演は、違います。
公式映像作品に収録された記録があるのです。
ユニバーサルミュージックのDVD作品『オン・ファイアー/クイーン1982』には、1982年11月3日の西武球場公演がボーナス映像として収録されています。[7]
ここは少し注意したいところです。
このDVDの本編は、1982年6月5日にイギリスのミルトン・キーンズで行われた公演です。
所沢公演は、本編ではなく「東京ハイライト」というボーナス映像に含まれています。
「東京ハイライト」という名称ですが、収録されたライブの会場は埼玉県所沢市の西武球場。
東京という大きな地名の陰に、所沢が隠れていました。
公式DVDに収録された西武球場公演の曲
ユニバーサルミュージックの商品ページには、所沢でのハイライト映像として次の楽曲が掲載されています。
| 曲名 | 見どころ |
|---|---|
| フラッシュのテーマ | 公演冒頭の導入 |
| ザ・ヒーロー | 冒頭から続く力強い演奏 |
| ナウ・アイム・ヒア | 初期からのライブ定番曲 |
| インプロンプトゥ | 即興的な演奏パート |
| プット・アウト・ザ・ファイアー | 1982年のアルバム収録曲 |
| ドラゴン・アタック | ギターとリズムが印象的な曲 |
| ナウ・アイム・ヒア(リプライズ) | 前の曲から続く演奏 |
| 愛という名の欲望 | クイーンを代表するヒット曲 |
| 手を取りあって | 日本語歌詞を含む楽曲 |
ユニバーサルミュージックの商品掲載曲目をもとに整理。これは当日の全演奏曲ではなく、DVD収録分の一覧です。[7]
注意深く見ていくと、面白いことが分かります。
私たちが「伝説のライブ」と呼ぶ出来事も、こうした映像資料によって、実際の演奏として確かめることができるのです。
なお、動画投稿サイトには当日の映像を扱う投稿も見られますが、投稿者が正式な配信許諾を得ているかは個別に確認できません。
確実な資料として確認するなら、公式発売元の商品情報と公式プレイリストを出発点にするのがよいでしょう。
西武球場の一夜は、クイーンにとってどんな日だった?
ここまで、所沢での演奏曲や映像をたどってきました。
けれど、この公演にはもう一つ重要な意味があります。
1982年の来日ツアー最終日であり、その年のクイーンの最後のコンサートでもあったことです。[6]
1982年のクイーンは、アルバム『ホット・スペース』を発表し、世界各地でライブを行っていました。
そのツアーの最後に、日本の所沢で演奏していたのです。
これは単に「有名バンドが地方の球場に来た」という話ではありません。
世界を巡ってきたツアーが、所沢の球場で締めくくられたということです。
さらに、この翌年の1983年には大規模なクイーンのライブツアーは行われず、次のツアーは1984年となります。
だからといって、この公演が解散ライブだったわけではありません。
その後もクイーンは活動を続け、日本での公演も行っています。
しかし、1982年という一年の締めくくりを所沢が担ったことには、特別な歴史的意味があります。
「クイーンが所沢に来た」という話から、「クイーンのワールドツアーが所沢で終わった」という話へ。
たった一つ、見え方が変わりました。
その日、西武球場には何人が集まった?
会場の規模も気になるところです。
クイーンの公演記録を集めたQueenConcertsには、1982年11月3日の西武球場公演について、35,879人という観客数が掲載されています。[4]
約3万6千人。
現在のベルーナドームを知っていると、その規模の大きさが想像しやすいかもしれません。
ただし、この数字はファン運営の公演アーカイブに掲載されたもので、主催者の当時の公式発表資料との照合まではできていません。
そのため、確定した公式入場者数ではなく、記録上の数字として受け取るのが適切です。
ちなみに現在のベルーナドームは、公式概要で全体収容人数31,552人と案内されています。[3]
ただし1982年と現在では、客席配置、ステージ構成、運用条件が違います。収容人数をそのまま比較して当時の混雑度を計算することはできません。
大切なのは、当時の西武球場がそれほど大規模なロックコンサートの会場になっていたという点です。
クイーンの歴史が残る球場は、今どうなっている?
1982年の西武ライオンズ球場は、その後も同じ場所で使われ続けました。
1999年にドーム球場となり、2021年3月には大規模な改修工事が完了しています。現在の名称はベルーナドームです。[3]
場所そのものが移転したわけではありません。
所沢市上山口の、狭山丘陵にある同じ球場です。
西武ライオンズ球場としてプロ野球の新たな歴史が始まります。
11月3日、当時の屋外球場でクイーンが来日ツアー最終公演を開催しました。
大型の屋根が設けられ、現在につながるドーム球場となりました。
球場エリアの設備更新が進み、ボールパークとしての機能が拡充されました。
現在もプロ野球やコンサートなど、多くの人が集まる場所として使われています。
球場の名前は変わり、屋根が付き、設備も新しくなりました。
しかし、その場所でクイーンが演奏したという事実は変わりません。
現在の球場に1982年のステージ設備がそのまま残っているわけではありませんが、土地と会場の歴史はつながっているのです。
最寄駅は、今も「西武球場前駅」
この球場に行くときに利用するのが、西武狭山線・山口線の西武球場前駅です。
駅からベルーナドームはすぐの場所にあります。
当時の駅も、球場で大規模なイベントが開かれることを想定した構造へ整備されていました。
今も残る大きなホームは、大勢の観客が一斉に移動する球場ならではの設備です。
ただし、球場は通常の観光施設としていつでも自由に入れるわけではありません。場内へ入るには開催イベントや施設側の案内に従う必要があります。
- 所在地
- 埼玉県所沢市上山口2135
- 最寄駅
- 西武狭山線・山口線「西武球場前駅」
- 施設
- ベルーナドーム(埼玉西武ライオンズ本拠地)
- 主な用途
- プロ野球、コンサート、各種イベント
- 来場時の注意
- イベント開催日や入場条件によって利用可能エリアが異なります。現地訪問前に公式案内をご確認ください。
実際の記録をもっと見たい人へ|音楽・映像・当時のチケット
この歴史をもう少し確かめたい人に向けて、今回の調査で確認できた資料を紹介します。
いずれも単なる楽曲紹介ではなく、1982年11月3日の所沢公演につながる資料です。
ユニバーサルミュージック|来日公演の公式記録 1982年11月3日・西武球場という公演日と会場名を、公式発売元の情報で確認できます。 Apple Music|1982年11月3日・西武球場セットリスト uDiscoverによる23曲のプレイリスト。演奏された楽曲のスタジオ録音などを通して、当日の曲目をたどれます。当日のライブ録音そのものを集めたプレイリストではありません。 公式DVD『オン・ファイアー/クイーン1982』 ボーナスディスクに西武球場公演のハイライト映像を収録。曲目や収録内容は発売元の商品ページで確認できます。 QueenConcerts|1982年西武球場の公演アーカイブ 当時のチケット、コンサートポスター、告知資料、公演メンバーなどを収集したファン運営の記録サイト。資料を通して1982年の雰囲気を確かめられます。映像、写真、チケット画像などは各権利者に帰属します。本記事では画像を無断転載せず、確認可能な掲載元へのリンクで案内しています。SNS上の二次投稿や転載動画については、権利者の許諾状況まで確認できないものを公式資料として扱っていません。
いつものベルーナドームが、少し違って見える
最初に思い浮かべたのは、今のベルーナドームでした。
巨大な屋根に覆われた、プロ野球と大型ライブの会場。
でも、その場所から44年前をたどると、まったく違う風景が見えてきます。
まだ屋根のない西武ライオンズ球場。
1982年11月3日、文化の日。
そこにはフレディ・マーキュリー、ブライアン・メイ、ロジャー・テイラー、ジョン・ディーコンがいました。
「ボヘミアン・ラプソディ」「手を取りあって」「ウィ・ウィル・ロック・ユー」。
世界を巡ってきたクイーンの1982年のツアーは、この所沢の球場で締めくくられました。
球場の名前も、屋根も、設備も変わりました。
それでも、同じ場所であることは変わりません。
次に西武球場前駅に降り立ったとき、球場の向こうに、屋根のない1982年のステージを少しだけ想像してみたくなります。
あのフレディ・マーキュリーが歌っていた場所は、遠い海外ではなく、所沢にありました。
この球場の歴史を知ったら、次は駅の秘密へ
クイーンのライブが終わったあと、大勢の観客を帰りの電車へ運ぶ必要がありました。実は、その役割を担う西武球場前駅にも、球場の歴史とつながる面白い秘密があります。
参考資料・出典
公演日・会場・曲目は公式発売元と公演資料を優先して確認し、ファンアーカイブ由来の情報は区別して記載しました。
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ユニバーサルミュージック|クイーン来日公演セットリスト公開のお知らせ
発行:ユニバーサルミュージック/2023年4月19日
公式ページ -
LiveFans|クイーンの日本公演をふり返る
発行:LiveFans
1982年来日公演の会場・日程情報 -
埼玉西武ライオンズ|ベルーナドーム概要
発行:株式会社西武ライオンズ
球場の歴史・設備・収容人数 -
QueenConcerts|1982年11月3日 西武ライオンズ球場公演
発行:QueenConcerts(ファン運営アーカイブ)
公演記録・出演メンバー・チケット・告知資料 -
setlist.fm|Queen Concert Setlist at Seibu Lions Stadium
発行:setlist.fm(利用者編集型セットリストデータベース)
1982年11月3日の演奏曲記録 -
Queen Live|1982年11月3日 Tokorozawa
発行:Queen Live(ファンによる公演記録サイト)
公演の位置づけ・演奏記録 -
ユニバーサルミュージック|『オン・ファイアー/クイーン1982』DVD
発行:ユニバーサルミュージック
西武球場公演の公式映像収録内容
情報確認日:2026年11月4日。記事内の1982年の料金・開演時刻などは当時の記録であり、現在のベルーナドームの利用条件とは異なります。公式情報とファン資料を照合し、確認できない当日の天候や演出、主催者の選定意図などは事実として断定していません。