
すずめがカランコロンと下駄を履いていたり、豚が崖から豪快に飛び降りていたり。添えられた言葉を読んでも、一見すると意味が分かりません。
きれいな夜景を楽しみに来たはずなのに、頭に浮かぶのは「これ、一体なに?」という疑問です。
風情ある灯ろう流しや厳かな献灯を想像していると、肩透かしを食らいます。そこにあるのは、どこかユーモラスで、少しおかしな絵と短い文句。いたずら書きのようにも見えますが、実はこれ、江戸時代から受け継がれてきた伝統的な言葉遊び文字「地口行灯(じぐちあんどん)」です[1]。
「地口(じぐち)」とは、今でいうダジャレやパロディのこと。誰もが知っていることわざや芝居の名セリフの「音」を少しだけもじり、別の意味に仕立てて滑稽な絵を添えたものです。つまり小平の灯ろうは、ただ眺める照明ではなく、「元ネタは何でしょう?」と道行く人に問いかける光るクイズだったのです。
絵とセリフのちぐはぐ? 実例で解く「地口」のからくり
文字だけを聞いてもピンとこないかもしれません。実際に小平の灯りまつりなどで見られる地口行灯の仕掛けを、3つほど読み解いてみましょう。手掛かりは「音の響き」です。

描かれている絵:両足に下駄をはき、どこか誇らしげに歩くすずめ。
元の言葉(元ネタ):「舌切り雀(したきりすずめ)」
「したきり」の「し」を「げ」に変えただけです。おとぎ話の少し教訓じみた昔話が、履き慣れない履物でカラコロ歩く鳥の姿へと一気に脱力させられます。

描かれている絵:無数の足を総動員して、盆踊りのように陽気に踊りまくるムカデ。
元の言葉(元ネタ):ことわざ「雀百まで踊り忘れぬ」
幼い頃の習慣は一生抜けないという意味の教訓が、足の多すぎるムカデのドタバタ劇にすり替わっています。これだけ足があれば、確かに踊りを忘れるどころではありません。

描かれている絵:京都・清水寺の舞台の欄干から、必死の形相で空中に身を投げる豚。
元の言葉(元ネタ):ことわざ「清水の舞台から飛び降りる」
「舞台(ぶたい)」と「豚(ぶた)」の音をかけた地口です。覚悟を決めて思い切った行動をとる厳粛なことわざが、重量級の豚が宙を舞うダイナミックな喜劇へと様変わりしています。
まさかの豚。
どれも、ことわざを知っていれば「あぁ、あれか!」と膝を打ち、思わず口元が緩んでしまうものばかりです。現代の私たちがSNSで面白い言い換えを見つけてシェアする感覚と、驚くほどよく似ています。
なぜ「ダジャレ」を行灯に描いて神様に捧げたのか?
ここで一つの疑問が浮かんできます。なぜ昔の人々は、ことわざをもじったダジャレをわざわざ行灯に仕立てて、夜の街や神社に飾ったのでしょうか? ふざけているようにも思えるこの習わしには、江戸時代特有の庶民文化が隠されています。
地口行灯がもっとも盛んに飾られたのは、旧暦2月の初午(はつうま)、すなわちお稲荷さんの祭礼の夜でした[1]。五穀豊穣や商売繁盛を願う大切な行事ですが、江戸の庶民にとって祭りは祈りの場であると同時に、最高の娯楽空間でもありました。
当時の夜は、現代のように街灯が煌々とついているわけではありません。真っ暗な闇の中に、ぽっと火の灯った行灯が連なる光景そのものが非日常のイベントでした。人々は行灯のそばまで近づき、火に透ける絵と文字を覗き込みます。
「おい、この絵の元ネタは何だい?」
「そりゃお前、あのことわざを引っくり返したんだよ」
「なるほど、うまいこと言ったもんだ!」
明かりの下で足を止め、仲間と謎解きをしながら笑い合う。地口行灯は、暗い夜の参道を歩く人々を立ち止まらせ、会話を生み出す「江戸時代のコミュニケーション装置」だったのです。ただ綺麗な絵を掲げるよりも、ひとひねり効いた駄洒落のほうが、夜の宴を何倍も賑やかにしてくれたわけです。
江戸の言葉遊びが、なぜ現代の「小平」に息づいているのか?
江戸の町衆が楽しんだ地口行灯。それがなぜ今、西武線沿線の住宅街が広がる小平市で大切に受け継がれているのでしょうか。
小平は、江戸時代に玉川上水が開通したことで拓かれた「新田開発」の街です。武蔵野の原野を開墾した農民たちは、生活圏として江戸の町と密接に結びついていました。江戸で流行した初午の行事や地口の文化も、街道や神社(小平駅近くの熊野宮など)を通じて、この地に自然と根づいていったと考えられています。
そして時を経た2006(平成18)年、小平市で「灯りまつり」が産声を上げます[1]。小平市内をぐるりと取り囲む遊歩道「小平グリーンロード」を、手作りの灯ろうで照らそうという試みでした。
その際、単にLEDのイルミネーションを並べるのではなく、地域の歴史資料に残されていた「地口行灯」の伝統を復活させようという声が上がりました。市内の小学生から地域の大人たちまでが、ことわざを調べ、筆を執り、オリジナルの地口行灯を作り始めたのです。
伝統的なことわざだけでなく、現代の世相や子どもたちの身近な話題をもじった新しい地口も生まれました。かつて江戸の夜に響いていた「これ、何のダジャレ?」という楽しげな声が、数百年の時を超えて、そのまま現代の緑道や境内に蘇ることになりました。
- 主な展示の機会:例年夏の終わりに開催される「小平グリーンロード灯りまつり」を中心に、市内各会場(小平駅南口周辺、あじさい公園、熊野宮、小平ふるさと村など)で展示されます。
- 現在の開催状況:今年度の灯りまつりはすでに終了しています。次回開催日や詳細な展示場所については、時期が近づいた際に小平市の公式告知をご確認ください。
- 見学のポイント:灯ろうの正面だけでなく、添えられた短いフレーズと絵をセットで眺め、元のことわざや物語を推理しながら歩くのが地口行灯ならではの鑑賞法です。
最初は「なぜ灯ろうにダジャレが?」と首をかしげていたはずの絵。しかしその背景を知ったあとでは、下駄を履いたすずめも、空を飛ぶ豚も、まったく違って見えてきます。
それはふざけて描いた落書きではなく、夜の闇の中で誰かをクスッと笑わせようと工夫を凝らした、名もなき人々の「粋(いき)」のしるしでした。もし小平の街でぽつんと灯る地口行灯に出会ったら、ぜひ足を止めて、そのおかしな絵とセリフの裏に隠された「元の言葉」を探してみてください。江戸から続く、粋な知恵比べの相手になれるはずです。
参考資料・出典
- 小平市役所「小平市報・地口行灯と灯りまつり」自治体公式解説資料(参照日:2026年10月)
https://www.city.kodaira.tokyo.jp/