
八坂駅からたどる、九道の辻の名前
四つ角でも、五差路でもなく、九つ。八坂駅の近くには、「九道の辻(くどうのつじ)」という名が残っています。辻は、道が交わる場所のこと。名前のとおりなら、進む道を選ぶだけでひと仕事です。
その由来は、鎌倉街道や江戸街道など、9本の道が交わっていたこと。小平市の資料にも、そう紹介されています。現在の八坂交差点付近、東村山市と小平市の境にあたる場所です。[1][2]
しかも、この辻には「新田義貞も道に迷った」という話まであります。武将でも迷うなら、こちらが少し戸惑うのも無理はなさそう。
ただ、その話をたどると、一つ引っ掛かります。義貞が通った鎌倉時代にも、本当に9本の道があったのでしょうか。
9本とは、どこへ向かう道だった?
まずは、名前の数字を確かめてみましょう。小平市立図書館の郷土解説には、次の9つが挙げられています。[2]
鎌倉に江戸、さらに秩父。交差点の説明を読んでいたはずが、ずいぶん広い地名が並びます。
ここで手掛かりになるのは、市報の説明です。昔の道は、その土地からの行き先の地名で呼ばれていたといい、清戸道と御窪道は、今の府中街道に相当するとしています。[1]
つまり、現在の道路名を9つ集めて探しても、昔の9本がそのまま見つかるわけではありません。同じ府中街道にあたる道でも、この辻からどちらへ向かうかで、別の名前が付いていたのです。
数字だけなら、変わった交差点の話。でも道の名を読むと、ここが各地へ向かう分かれ目だったことが見えてきます。
それなら、道しるべの桜は誰が植えた?
行き先がこれだけあれば、道を間違える話が残っていても不思議ではありません。そこで登場するのが、新田義貞と「迷いの桜」です。
『小平市史』が伝承として紹介するのは、1333年、鎌倉へ攻め向かう義貞が、この辻で道に迷ったという話。後から来る人が迷わないよう、鎌倉へ続く道の目印に桜を植えた、と伝えられています。[3]
「迷いの桜」という名前からは、見た人を迷わせる木も想像できます。けれど、話の中での役目は逆。迷いを減らすための木でした。
道案内の看板ではなく、花の咲く木が目印になる。昔の分かれ道を考えるとき、少し具体的な姿が浮かぶ伝承です。
とはいえ、話として筋が通ることと、そのとおりの出来事があったことは別です。確かめたいのは、義貞が迷った理由にされている「9本」の部分でした。
古い絵図を開くと、9本ではなく5本?
小平市報の解説は、この伝説にもう一つの資料を重ねています。1674年ごろと考えられる「小川村地割図」では、九道の辻付近に交わる道は5本だというのです。地割図とは、土地の区分などを示す絵図です。[1]
9本の話を追ってきたのに、ここで5本。数え直す相手は、目の前の道路ではなく、昔の絵図でした。
1674年ごろは、義貞の鎌倉攻めより300年以上も後。その時期の絵図でも5本なら、「義貞が9本の道で迷った」という説明を、そのまま当時の交差点の記録にはできません。
市報もこの点を指摘し、義貞ゆかりの土地に道の多い交差点があったことから、江戸時代半ば以降に生まれた伝説ではないかと考察しています。これは資料の執筆者による推定です。[1]
すると、最初の話が少し違って見えます。「昔からずっと9本あった場所に義貞が来た」と読むより、道が集まる土地の特徴と、義貞の記憶が結び付いた話として読むほうが、資料の説明に合うのです。
名前の由来まで消えたわけではありません。9本の道が集まったという由来と、鎌倉時代にも9本あったという話は、分けて考える。ここが、この辻を読み解く分かれ道です。
今も、9本の道と桜を見られる?
では、昔の形を現在の交差点でそのまま確かめられるかというと、そう単純ではありません。市報は、かつての鎌倉街道の一部が、第二次世界大戦中に陸軍の施設ができた際に消えたと説明しています。道そのものも、時代とともに姿を変えてきました。[1]
現在の道路を数えて、古い9本と一本ずつ対応させるのは、この資料だけではできません。今も9方向が一点に集まる交差点、という期待より、道の集まった場所に、昔の呼び名が残っていると考えると歩きやすくなります。
桜にも注意が必要です。『小平市史』が記す古木は大正期に枯れたとされ、市報には1980年に伝承を後世へ伝える苗木が植えられたことが載っています。一方、こだいら観光まちづくり協会の現行案内では、「九道の辻の迷い桜」は老木となり伐採されたと記されています。今、伝説の桜が立っている場所としては案内できません。[3][1][4]
残っているものを探すなら、近くの九道の辻公園へ。野火止用水に沿う和風公園で、名前を現在へつなぐ場所です。広域行政の案内では、水と緑をテーマにした公園として紹介されています。[5]
八坂駅から、名前の残る場所へ
九道の辻の位置 八坂交差点付近。東村山市と小平市の市境にあたる場所です。[1] 散策の目印 九道の辻公園/東京都小平市小川東町2-3-1。公園にはトイレがあります。[6] アクセス 西武多摩湖線・八坂駅から公園まで徒歩約3分。広域行政の案内による目安です。[5] 歩くときのポイント 交差点は歩道から観察し、横断歩道と信号を利用してください。道を数えるために車道へ出ず、公園など通行の妨げにならない場所で資料を読むと落ち着いて楽しめます。「九つ」は、一つの時代だけの数字ではなかった
九道の辻。最初は、道が9本も集まる変わった交差点の名前に見えました。
けれど、行き先から付いた道の名、5本の道を描いた絵図、義貞と桜の伝承を重ねると、この場所の時間が見えてきます。道路の形は変わり、目印の木も失われる。そのあいだを、名前と物語がつないでいました。
次に八坂交差点付近を通るときは、「9本あるかな」と数えるだけでなく、「この道は、どこへ向かう道と呼ばれていたのだろう」と考えてみる。いつもの分かれ道が、昔の行き先を残した場所に見えてきそうです。
道の次は、線路の交差をたどる
地上の辻を読み解いたら、同じ八坂駅周辺にある線路の交差へ。さらに多摩湖線をたどると、駅と大きな貯水池の位置関係にも、別の「なぜ?」が待っています。
参考資料
情報確認日:2026年10月17日。伝承と資料執筆者の推定は、本文中で区別しました。
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小平市『市報こだいら』2015年9月15日号・4面、九道の辻の解説。9本の道の呼称、江戸時代前期の絵図、伝説への考察、道と桜の変遷を参照。
小平市公開PDF -
小平市立図書館・こどものページ「いいつたえと地名/九道の辻」。
小平市立図書館・こどものページ -
小平市立図書館・こだいらデジタルアーカイブ『小平市史 地理・考古・民俗編』「5 地名にかかわる伝説/迷いの桜」。
市史の該当本文 -
一般社団法人こだいら観光まちづくり協会「野火止用水」。迷い桜の伐採に関する現行掲載を参照。
フラッとNAVI・野火止用水 -
多摩北部都市広域行政圏協議会「九道の辻公園」。公園の特徴・徒歩アクセスを参照。
たまろくナビ・九道の辻公園 -
小平市「九道の辻公園」施設案内。所在地・トイレの有無を参照。
小平市・九道の辻公園
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