
焼きそばといえば、ソース味。そう思っていたら、所沢には「醤油焼きそば」というご当地グルメがありました。
しかも、その味を支えているのは、江戸時代から続く醤油屋さん。
安政3年、1856年創業の「深井醤油」です。
1856年といえば、まだ江戸時代。ペリーが来航してからわずか3年後のことです。
そんな時代に始まった老舗が、現代の焼きそばづくりに参加している。
少し不思議な組み合わせですよね。
でも、さらに気になるのは、なぜ所沢のご当地グルメが、ソース焼きそばではなく「醤油焼きそば」だったのかということ。
調べてみると、その理由は単に「地元に醤油屋があったから」ではありませんでした。
所沢のうどん、焼きだんご、老舗の製麺会社、そして畑で育つ野菜。別々に見えるものが、一皿の焼きそばにつながっていきます。
ところざわ醤油焼きそばは、所沢産の醤油・麺・野菜を組み合わせた、地産地消のご当地グルメです。
深井醤油と見澤食品など地元の事業者が連携し、2017年に誕生。所沢の食文化を受け継ぎながら、新しい名物として育てられてきました。[1]
なぜ、所沢の焼きそばは「ソース」ではなく「醤油」なのか?

まずは、この焼きそばが誕生するよりも、ずっと前の所沢に目を向けてみましょう。
所沢を含む武蔵野台地は、水田を広くつくるのに適しているとはいえない土地でした。
その一方で、小麦や陸稲(おかぼ)などが育てられ、粉を使った食文化が発達しました。
そこで親しまれてきたのが、うどんや焼きだんごです。
なるほど。麺や粉ものを食べる文化が、昔からあったわけです。
そして、この二つの食べ物に欠かせない調味料があります。
醤油です。
うどんのつゆにも、焼きだんごの香ばしいたれにも、醤油が使われます。
深井醤油は、そんな所沢の食卓を長く支えてきた醤油屋の一つ。地元のうどんや焼きだんごの味づくりにも関わってきました。[2]
ここで、最初の疑問の見え方が少し変わります。
「焼きそばなのに醤油?」と思っていたものが、所沢の食文化から見ると、決して遠い組み合わせではないのです。
もちろん、昔から所沢に醤油焼きそばが存在したという意味ではありません。
焼きそば自体は新しいご当地グルメ。それでも、その味の根っこには、長く親しまれてきた醤油の文化がありました。
では、そんな醤油屋が、なぜ160年以上も所沢で続いてきたのでしょうか。
安政3年から続く醤油屋。なぜ古い蔵が今も残っている?

深井醤油の創業は1856年(安政3年)。
江戸時代末期に始まった商いが、明治、大正、昭和、平成、令和へと続いてきました。
その長さを実感させてくれるものが、所沢市有楽町の店舗に残っています。
それが、2つの土蔵です。
土蔵とは、厚い土壁などでつくられた伝統的な建物。商品や家財の保管などに利用されてきました。
深井醤油の店舗は2020年にリニューアルされましたが、この2つの土蔵は残されました。
所沢市は、その建物を「とことこ景観資源」の一つとして紹介しています。[3]
新しくなった店舗と、昔から残る土蔵。
つまり、ここでは江戸時代に始まった商いの歴史と、現代の街並みが同じ敷地の中に並んでいるのです。
ただし、創業当時の土蔵がそのまま残っているとまでは確認できません。建物の個別の建築年代と、店の創業年は区別して考える必要があります。
それでも、現代の所沢でこうした景観が残されていること自体が、老舗の長い歩みを感じさせます。
ところで、長く続く醤油屋と聞くと、昔と同じ醤油をつくり続けている姿を想像しがちです。
しかし、深井醤油の商品を調べると、定番の醤油だけではありません。
だし醤油、たまり漬、料理用のたれなど、用途に合わせた加工品も手がけています。
そして、その延長線上で生まれた商品の一つが「ところざわ焼きそば醤油」でした。[2]
伝統を守ることと、新しい料理を考えることは、必ずしも反対ではないようです。
では、その新しい焼きそばを、誰がどのようにつくったのでしょうか。
老舗の醤油屋が、なぜ焼きそばづくりを始めたのか?

話は2017年に進みます。
深井醤油が連携したのは、所沢市の老舗製麺会社「見澤食品」。
見澤食品の創業は1926年(大正15年)です。
江戸時代創業の醤油屋と、大正時代創業の製麺会社。
老舗同士の組み合わせです。
この二社が協力し、さらに地元で育てられた野菜を組み合わせて、ご当地グルメの開発に取り組みました。
所沢市の農商工連携の紹介ページにも、この取り組みが2017年度の事例として掲載されています。[1]
ここで大切なのが「農商工連携」という考え方です。
少し難しそうな言葉ですが、意味はシンプル。
農家、食品メーカー、商店や飲食店などが、それぞれの得意なことを持ち寄って新しい商品をつくること。
深井醤油には醤油づくりの技術があり、見澤食品には麺づくりの技術があります。そして、所沢には野菜をつくる農家があります。
醤油だけでも、麺だけでも、野菜だけでも、このご当地焼きそばは完成しません。
それぞれが組み合わさることで、初めて「所沢らしい一皿」になります。
ちなみに、2017年3月12日の「新三八市」が、ところざわ醤油焼きそばのデビューの場として地元取材記事に記録されています。[4]
つまり、昔から存在した郷土料理が自然に名前を得たのではなく、地域の事業者が協力して、新しい名物をつくったというのが誕生の経緯です。
ここまでは納得です。
ただ、ひとつ気になります。
地元の醤油、麺、野菜を使うといっても、どこまでが「ところざわ醤油焼きそば」なのでしょうか。
普通の醤油焼きそばとの違いは?実は「3つのルール」がある

ところざわ醤油焼きそばには、共通のルールがあります。
単に醤油で味付けすれば完成、というわけではありません。
所沢市の農商工連携資料に掲載されているルールに基づきます。[1]
注目したいのは、この条件の少なさです。
味付けの細かな配合や、具材の種類、盛り付け方などを、すべて同じにするルールではありません。
言い換えるなら、材料の出身地は決まっていても、料理人の表現方法までは一つに決められていないということです。
なかなか自由な焼きそばです。
ある店では野菜の甘みを生かし、別の店では香ばしさや肉のうまみを強調する。
こうした違いを楽しめるのも、基本の3条件を共有しているからこそです。
ただし、3条件の中に「深井醤油の製品を必ず使う」とは書かれていません。正確には、所沢産の醤油が条件です。
深井醤油は、この料理の開発を担った中心的な企業の一つですが、すべての店舗が同じ銘柄や配合で調理するという意味ではありません。
ここを押さえると、この焼きそばの個性がよく分かります。
所沢の材料を使うことが共通点で、どうおいしく仕上げるかは店ごとの腕の見せどころ。
では、その仕組みは、実際に地域へ広がったのでしょうか。
2017年誕生なのに、2022年にグランプリ?その5年間に何があった?

ところざわ醤油焼きそばを調べていると、「2017年誕生」と「2022年グランプリ」という二つの年が出てきます。
あれ、どちらが正しいのでしょう。
実は、どちらも別々の出来事を表しています。
江戸時代末期、所沢で醤油屋の歴史が始まります。
後にご当地焼きそばを共同開発する製麺会社が誕生します。
地元企業の連携から誕生。3月の新三八市でデビューしました。
ところざわプライドグルメコンテストで、グランプリに選ばれました。
所沢商工会議所が主催し、参加店の料理を食べ歩く企画が実施されました。
2022年に行われた「ところざわプライドグルメコンテスト」は、所沢市民が誇れる食の名物を発掘し、地域の魅力を発信するための企画でした。
そのグランプリに選ばれたのが、ところざわ醤油焼きそばです。[5]
つまり、コンテストで初めて誕生したわけではありません。
2017年に生まれ、飲食店へ広がっていった焼きそばが、2022年に改めて「所沢を代表するグルメ」として評価されたのです。
さらに2023年には、食べ歩きを促すスタンプラリーも開催されました。
その案内を見ると、焼きそばを提供する店は、和食、中華、居酒屋など実にさまざま。
天かすを使ったもの、ニンニクを効かせたもの、牛肉や多彩な野菜を組み合わせたものなどが紹介されていました。[5]
焼きそばなのに、店によって主役が違う。
これは、最初に決めた3条件が、料理の広がりを妨げない仕組みになっていたからと考えられます。
そして気付く。主役は醤油だけではなかった
ここまで見てくると、ひとつ面白いことに気付きます。
この記事の主役として紹介してきたのは、安政3年創業の深井醤油です。
ところが、ところざわ醤油焼きそばを完成させるには、醤油だけでは足りません。
麺をつくる会社が必要で、野菜を育てる農家も必要です。
さらに、それを調理する飲食店がなければ、お客さんの一皿にはなりません。
つまり、この焼きそばの本当の面白さは、一つの老舗が特別な商品を生み出したことだけではないのです。
所沢に以前からあった商いや農業を、新しい食べ物で結び直したこと。
そこに、ご当地グルメとしての意味があります。
深井醤油の取り組みは、焼きそばだけではありません。
所沢市の農商工連携の資料には、深井醤油の醤油を使った所沢牛カレー、狭山茶や地元の素材を組み合わせた商品、醤油を使った菓子など、ほかの企業との連携事例も掲載されています。[1]
まさか、醤油屋の話を追いかけていたら、カレーやお菓子にまでつながるとは。
ただし、これらは同じ焼きそばから派生した商品というわけではなく、それぞれ独立した共同開発の事例です。
共通しているのは、長く培ってきた醤油の技術を、別の食材や料理に生かしていることです。
1856年から続く商いは、昔の味を保存するだけではなく、新しい所沢の食文化を生み出す側にも回っていたのです。
深井醤油の基本情報・買い方
本店は醤油などを購入する店舗であり、焼きそばを食べる飲食店ではありません。焼きそばを食べたい場合は提供店へ、専用醤油を購入したい場合は本店へ、事前に取り扱い状況を確認すると安心です。
※営業時間・定休日・在庫・提供店の最新状況は確認できていないため、訪問前に公式情報または電話でご確認ください。
まとめ|一皿の焼きそばに、所沢の170年が重なっていた
最初は、単純な疑問でした。
「なぜ、所沢には醤油味の焼きそばがあるのだろう?」
でも、その理由をたどってみると、1856年創業の醤油屋があり、1926年創業の製麺会社があり、畑で野菜を育てる農家がいました。
それぞれが長く続けてきた仕事を持ち寄って、2017年に新しい焼きそばが生まれたのです。
そして2022年には、ご当地グルメとしてグランプリを獲得しました。
ここで改めて、焼きそばの一皿を思い浮かべてみてください。
麺に絡む醤油、具材に使われる野菜、調理する店ごとの工夫。
それらは単なる材料の組み合わせではなく、所沢で続いてきた仕事が出会った結果でもあります。
江戸時代からの醤油屋がつくったのは、昔ながらの味だけではありませんでした。
所沢の新しい名物が育つための、大切な一味でもあったのです。
次にところざわ醤油焼きそばを見かけたら、ソースではなく醤油を選んだ理由まで、少し違って見えるかもしれません。
参考資料・出典
- 所沢市「所沢市の農商工連携」 公式資料を確認 発行:所沢市/ページ更新:2026年2月18日/確認日:2026年10月20日。共同開発、3条件、農商工連携商品など。
- 埼玉りそな銀行「所沢は『おいしい』街!」 掲載記事を確認 発行:埼玉りそな銀行/確認日:2026年10月20日。深井醤油の歴史、武蔵野の食文化、共同開発と商品の紹介。
- 所沢市「227番 深井醤油」 景観資源の紹介 発行:所沢市/ページ更新:2021年4月14日/確認日:2026年10月20日。創業年、土蔵、2020年の店舗改修。
- 所沢なび「簡単でうまい!醤油屋の『炊き込みごはんの素』」 地元取材記事を確認 発行:所沢なび/2019年掲載/確認日:2026年10月20日。2017年3月12日のデビューと開発経緯。
- 所沢商工会議所「ところざわ醤油焼きそば・スタンプラリー」 主催者特設サイトを確認 発行:所沢商工会議所/確認日:2026年10月20日。2022年グランプリ、2023年スタンプラリー、当時の参加店・料理の紹介。掲載イベントは終了済み。