
本を借りる場所のはずなのに、文字の読み書きを教えている図書館がある。
西武新宿線・高田馬場駅の戸山口から歩いて約4分。
ここにあるのが「日本点字図書館」です。
名前を聞くと、点字で書かれた本がたくさん並んでいる場所を想像しますよね。
ところが、調べてみると「点字教室」がありました。
図書館なのに、教室?
しかも、誰でも参加できる一般向けの体験講座というわけではありません。
なぜ、本を貸す施設が文字の読み方から教えているのでしょう。
その理由を追うと、6つの小さな点から、一人の青年が始めた図書館、そして現在の暮らしを支える取り組みまで、思いがけないつながりが見えてきました。
日本点字図書館の点字教室は、主に途中で目が見えにくくなった人などが、点字を初歩から学ぶための支援です。
公式案内にある「中途視覚障害者のための点字教室」は小グループ制で、個別の学習プログラムを用意。対象は、障害者手帳を取得できない人や、自立訓練(生活訓練)を終了した人です。
火曜日の午後に開かれ、費用は無料。一般の人が自由に参加する観光・体験イベントではありません。[1]
なぜ、図書館なのに文字の読み方を教えるの?

図書館といえば、すでに文字を読める人が本を借りるところ。
そう考えると、点字教室があるのは少し不思議です。
しかし、日本点字図書館が向き合っているのは、本をそろえることだけではありません。
本を読みたい人が、実際にその情報へたどり着けるようにすることです。
例えば、大人になってから視力が低下した人を考えてみます。
それまで当たり前に読んでいた文字が、ある日から読みにくくなる。
点字という文字が存在することは知っていても、すぐに指先で読めるとは限りません。
そこで必要になるのが、文字を一つずつ覚え、触れて読み取る練習です。
点字教室では、一人ひとりの必要に合わせて、初歩から学習を進めます。[1]
本を届けるだけでは、読書につながらないことがある。
なるほど。
図書館が教室を持つ理由は、ここにありました。
読むための本を用意することと、その本を読めるようになること。別々の仕事に見えて、実はつながっているのです。
では、そもそも点字とは、どのような文字なのでしょう。
たった6つの点で、日本語をどう表すの?

点字をよく見ると、基本となる形はとてもシンプルです。
縦に3つ、横に2列。
合計6つの位置に、点があるか、ないか。
この組み合わせで文字を表します。[2]
点字の基本となる6つの位置(読む面から見た模式図)
このひとまとまりを「マス」と呼びます。
日本語の点字では、母音を表す点に、子音を表す点を組み合わせることで、50音の多くを表現できます。
例えばカ行は、ア行の点の組み合わせに6の点を加える仕組みです。
6つの点なのに、規則がある。
ただ形を丸暗記するより、仕組みを知ると少し見え方が変わってきます。
実は「書く方向」と「読む方向」が違う
さらに、意外な決まりがあります。
点字は、盛り上がった点を左から右へ触って読みます。
ところが、紙に点字器で直接打つ場合、反対側から押して点を浮き上がらせるため、右から左へ書いていきます。[2]
読むときは左から右。書くときは右から左。
急に頭の体操のようになってきました。
しかも、日本語の点字は漢字をそのまま置き換えるものではありません。
言葉の音をもとに表す文字なので、意味のまとまりごとに区切る「分かち書き」など、独自のルールがあります。
点訳とは、単純に文字を点へ置き換えるだけの作業ではないのです。[2]
では、この6つの点を覚えると、どんな本でもすぐ読めるようになるのでしょうか。
答えは、もう少し複雑です。
普通の本が1冊なら、点字の本も1冊?

本の文字が点字に置き換わるだけなら、本の大きさもそれほど変わらない気がします。
ところが、日本点字図書館の説明には、分かりやすい例があります。
『ハリー・ポッターと賢者の石』は、点字図書にすると6冊になるそうです。[3]
6冊。
物語が6倍長くなったわけではありません。
点字は、文字の大きさを自由に小さくできず、漢字を用いずに音で表すことなどから、必要なスペースが増えるのです。
さらに、指で触れて読み取るため、点がつぶれにくい紙や、読みやすい製本も重要になります。[3]
本の中身は同じでも、文字が変われば、本の姿まで変わる。
ここで、もう一つ疑問が生まれます。
そんな点字の本は、誰が作っているのでしょう。
パソコンがあっても、自動変換だけでは終わらない
日本点字図書館では、点訳ボランティアと職員が協力して点字図書を製作しています。
現在の製作はパソコンを使う方法が中心ですが、単純な自動変換ではありません。
漢字の読み方を調べ、点字特有の表記ルールに従って入力し、校正を重ねます。
完成までの工程には、点訳データの確認、点字プリンターによる印刷、製本などがあります。[4]
図書館が本を「選ぶ」だけでなく「作る」。
普通の図書館を想像していたところから、ずいぶん離れてきました。
しかし、この施設が誕生した理由をたどると、こうした仕事の広がりにも納得できる手掛かりがあります。
700冊と4本の本棚。日本点字図書館は、ここから始まった

日本点字図書館の始まりは、1940年11月10日。
現在の高田馬場ではなく、豊島区雑司ヶ谷の借家に開設された「日本盲人図書館」でした。
創立者は、本間一夫(ほんま かずお)。
開設時にあったのは、点字図書700冊と4本の書棚です。[5]
全国へ本を届ける現在の図書館から考えると、意外なほど小さな出発点です。
では、本間はなぜ点字図書館を作ろうと考えたのでしょう。
読書が好きだった少年と、足りなかった本
本間は1915年、北海道の増毛に生まれました。
5歳のころ病気によって視力を失い、幼少期には周囲の人による読み聞かせを通じて読書の楽しさを知ったとされています。
函館盲唖院に入学してから点字と出会い、さらにイギリスに点字図書館があることを知りました。
当時の日本では、点字の本が十分にそろっていませんでした。
本間はその不足を痛感し、点字図書館づくりを生涯の仕事にしようと考えたのです。[5]
つまり、出発点にあったのは、施設を作ること自体ではありません。
読みたいのに、読める本が足りない。
その問題をどうにかしたいという思いでした。
なぜ、高田馬場にあるの?
1941年、図書館は現在の新宿区高田馬場にあたる、本間家の宅地へ移転しました。
これが、高田馬場と日本点字図書館の歴史的なつながりです。
その後、1943年には専用の点字図書館棟が完成しました。
しかし、戦争で東京の施設は焼失。点字図書は疎開によって守られ、戦後の1948年に再建と事業再開を果たしました。
その際、名称も「日本点字図書館」へと変わります。[5]
高田馬場という場所は、単に駅から近い便利な立地ではなかったのですね。
図書館の長い歩みが刻まれている場所でもあります。
「点字図書館」なのに、耳で読む本まであるの?

ここまで聞くと、この図書館は点字の本を中心に活動していると考えます。
もちろん、それは重要な仕事です。
ところが、1958年には新たに「声のライブラリー」が始まりました。
本の内容を声で録音し、耳で聴けるようにする取り組みです。
当初の設備は、テープレコーダー1台とテープ50本。視覚障害のある学生たちから寄せられた要望に応える形で始まったとされています。[6]
またしても、小さなスタートです。
しかし、考えてみると、これはとても自然な広がり方でもあります。
目的が「点字そのものを守ること」だけなら、録音図書を作る必要はなかったかもしれません。
けれど、目的が読みたい情報にたどり着けるようにすることなら、音声も大切な手段になります。
現在は、点字図書や録音図書の郵送貸し出し、インターネットを通じたデータ提供、希望する資料の点訳・音訳など、多様なサービスが用意されています。[7]
文字を点にする。声にする。データで届ける。
手段は違っても、その先にある目的は共通しているのです。
本の話だったはずが、スマホや歩き方の話にまで?
点字教室から始まった話ですが、日本点字図書館の支援は、さらに生活の場面へと広がっています。
例えば、パソコンやスマートフォンを音声読み上げで操作する練習。
白杖などを使って安全に移動するための訓練。
文字を拡大して読むための道具の選び方や、料理・掃除といった日常生活の練習もあります。[8]
もはや、本棚だけでは説明できません。
ただし、ここまでたどると、施設の考え方に一貫したものが見えてきます。
点字を覚えることは、読書やメモをするための手段。
スマートフォンの操作を覚えることは、人と連絡したり、情報を調べたりするための手段。
移動の練習は、自分の行きたい場所へ向かうための手段です。
いずれも、暮らしの中で自分で選べることを増やすための支援として理解できます。
点字図書館は、本を置いている場所というより、情報と人との間にある障壁を減らしていく場所。
そんな姿が見えてきました。
点字教室に参加したい人へ。対象・時間・料金は?
ここは特に間違えたくないところです。
日本点字図書館の「中途視覚障害者のための点字教室」は、観光客や一般の見学者向けの自由参加型ワークショップとは異なります。
視力の低下などにより点字学習を必要としている人のためのサービスです。
中途視覚障害者のための点字教室
- 対象
- 障害者手帳が取得できない人、自立訓練(生活訓練)を終了した人
- 学習方法
- 小グループ制。個別プログラムに沿って初歩から学習
- 開催曜日
- 火曜日
- 時間
- ① 13:00〜14:10
② 14:20〜15:30 - 料金
- 無料
- 問い合わせ
- 日本点字図書館 自立支援室
電話:03-3209-0241(代表)
対象に該当するか、参加の申し込み方法、受け入れ状況は事前に自立支援室へ確認してください。上記は2026年10月27日時点の公開案内です。[1]
目が見える人も、点字を学べる?
点字に興味を持った人が、誰でもこの教室へ通えるわけではありません。
一方で、日本点字図書館は「にってんキッズページ」を公開しており、点字の基本や読み方、書き方などをオンラインで学べます。
6つの点の配置から練習問題まで紹介されているので、点字に初めて触れる人はこちらが入口になります。[2]
日本点字図書館へのアクセス
- 所在地
- 東京都新宿区高田馬場1-23-4
- 最寄り駅
- 西武新宿線・JR山手線「高田馬場駅」
- 西武線から
- 戸山口より徒歩約4分
- 別の出口から
- 早稲田口から徒歩約10分
- 電話
- 03-3209-0241
- 公式サイト
- 日本点字図書館
高田馬場駅には戸山口と早稲田口があります。西武線からの最短ルートは戸山口です。[9]
通常の公共図書館のように、誰でも自由に書架を見て回る施設ではありません。来館目的に応じた利用条件があり、公式サイトでは事前の電話予約を案内しています。見学や利用の可否は、訪問前に確認してください。
6つの小さな点がつないでいたもの
最初は、少し不思議でした。
本を借りる場所なのに、なぜ文字の読み方を教えるのか。
しかし、調べてみると、その答えは1940年の小さな図書館にまでつながっていました。
読みたい本が足りなかった時代に、本間一夫が始めた図書館。
本を作り、届ける活動は、やがて録音図書やデジタル配信へと広がりました。
そして、点字をまだ読めない人のためには、文字を覚えるところから支える教室があります。
冒頭で見た、あの6つの点。
単なる記号の並びだと思っていたものが、少し違って見えてきます。
点字を学ぶことも、本を製作することも、声にして届けることも。
その先にあるのは、誰かが自分の読みたいものを選び、自分の方法で情報を受け取れるようにすることです。
高田馬場駅から歩いて約4分。
「日本点字図書館」という名前の向こうには、本を貸すだけでは終わらない、長い仕事の積み重ねがありました。
参考資料・出典
情報確認日:2026年10月27日。主に日本点字図書館の公式公開資料を参照しました。教室の受け入れ状況は個別に確認が必要です。
-
短期訓練・教室などのサービスについて
発行:社会福祉法人 日本点字図書館
点字教室の対象、実施曜日、時間、無料の条件。
https://www.nittento.or.jp/uneasiness/index.html -
点字のしくみ|にってんキッズページ
発行:日本点字図書館
6点式点字の構成、読み書きの方向、50音、表記ルール。
https://www.nittento.or.jp/about/kids/braille.html -
日点について|にってんキッズページ
発行:日本点字図書館
一般図書と点字図書の分量の違い。
https://www.nittento.or.jp/about/kids/about.html -
点字図書ができるまで|館内バーチャル見学
発行:日本点字図書館
点訳、読み方調査、校正、印刷の工程。
https://www.nittento.or.jp/about/virtual/braille.html -
図書館の歴史:本間一夫と日本点字図書館
発行:日本点字図書館
1940年創立、700冊の蔵書、高田馬場への移転、戦災と再建。
https://www.nittento.or.jp/about/history/honma.html -
録音図書について
発行:日本点字図書館
声のライブラリーの発足と録音図書の歴史。
https://www.nittento.or.jp/about/scene/recording.html -
図書館の事業
発行:日本点字図書館
図書の製作、貸し出し、音声化、データ配信などの事業。
https://www.nittento.or.jp/about/business/index.html -
訓練紹介|日本点字図書館 自立支援室
発行:日本点字図書館
点字、歩行、ICT、日常生活の各訓練。
https://www.nittento.or.jp/about/jiritsu/training.html -
アクセスマップ
発行:日本点字図書館
所在地、駅出口、徒歩目安、問い合わせ先。
https://www.nittento.or.jp/map/
※本記事は日本点字図書館の公式記事ではありません。紹介する支援制度や教室の参加条件、実施日時は変更される場合があります。具体的な利用については施設へお問い合わせください。