
山車が向き合った瞬間、なぜか、お囃子がいっそう激しくなる。
入間万燈まつりで見られる「ひっかわせ」。大きな山車が集まり、笛や太鼓を鳴らし、踊りを披露します。
ただ眺めていると、山車が集まって演奏しているように見えるかもしれません。
でも、少し不思議です。
なぜ、わざわざ山車同士を向かい合わせるのでしょう。
横に並べて演奏してもよさそうなのに。
実は、この向き合う姿こそが、ひっかわせの面白さを知る手掛かりなのです。
ひっかわせは、山車同士が正面を向き合い、それぞれのお囃子や踊りを競演する祭りの見せ場です。
同じ曲を一緒に演奏する合奏ではありません。互いの演奏をぶつけ合うように披露しながら、それぞれの持ち味を見せます。
入間万燈まつりでは、市内各地区などの山車や屋台が集まり、その音と舞を一度に楽しめます。[1]
なぜ山車同士は、わざわざ正面を向き合うのか?

ひっかわせを理解するには、まず「山車は移動する舞台でもある」と考えると分かりやすくなります。
山車の上では、太鼓や笛などの奏者がお囃子を演奏し、舞い手が踊りを披露します。
つまり山車には、観客に見せる「正面」があります。
その正面同士を向かい合わせることで、二つの舞台が互いに演奏を披露する状態になるのです。
同じ方向を向いて進んでいた山車が、向き合う舞台へ変わる。
ただのすれ違いが、突然、祭りの見せ場になります。
川越まつりでも同じ「曳っかわせ」という文化があり、川越まつり公式サイトは、数台の山車が向き合って笛・太鼓・鉦・踊りを競演する様子を紹介しています。[2]
では、そこで何を競っているのでしょうか。
相手のお囃子に、つられないこと

ひっかわせでは、複数の団体のお囃子が同じ場所に響きます。
目の前では別の太鼓が鳴り、笛の旋律が重なり、踊り手が動いています。
そんな中、自分たちの演奏を続けるのです。
これが、見た目以上に難しい。
相手のリズムが耳に入れば、思わず自分のテンポも変わってしまいそうです。
地域のイベント紹介でも、入間のひっかわせは相手のお囃子や踊りにつられず、自分たちのテンポを崩さないことが見どころとして紹介されています。[3]
言ってみれば、隣で別の曲が大音量で流れているのに、自分の曲を最後まで演奏するようなもの。
しかも、山車の上で。
目の前には別の演奏者たち。
相手の音が近いほど、自分たちの音を守る面白さが際立つ。
向き合う理由が、少し見えてきました。
ひっかわせには勝ち負けがある?

囃子の競演には勝負を思わせる面がありますが、入間万燈まつりで審査員が勝敗を決める公式競技として行われているわけではありません。
また、川越の曳っかわせには町同士の挨拶や礼を重んじる考え方もあります。ただし、その由来がそのまま入間の全団体に当てはまるとまでは確認できません。
大切なのは、音の迫力だけでなく、相手の芸能と向き合う姿にも目を向けることです。
でも、お囃子って全部同じではないの?

ここで、もう一つの疑問が生まれます。
どの山車も太鼓と笛を使っているように見えます。
それなら、演奏している曲も同じなのでしょうか。
答えは、違います。
入間市には、各地区で受け継がれてきた独自のお囃子や太鼓があります。
その違いは、単にテンポが速いか遅いかだけではありません。
受け継がれてきた流派、演奏の成り立ち、太鼓の打ち方、踊りの表現まで異なるのです。
高倉ばやし|川越から伝わった威勢のよい芸能
入間市指定無形民俗文化財の「高倉ばやし」。
その歴史を調べると、意外な地名が出てきます。
川越です。
高倉ばやしは江戸時代末期に、川越の新宿(あらじゅく)連から伝えられた屋台囃子とされています。
流儀は「神田若狭流」。他の流儀には少ない、威勢のよい演技が特徴です。[4]
つまり、入間の祭りを調べていたら、川越との芸能のつながりが現れたわけです。
地域に伝わるお囃子は、その町だけで突然生まれたとは限りません。
人々の交流によって伝わり、その土地で守られてきたものもあるのです。
高倉祇園太鼓|静かな始まりにも意味がある
同じ高倉地区には「高倉祇園太鼓」も伝わります。
江戸時代中期から受け継がれてきた、市指定無形民俗文化財です。
特徴は、太鼓のリズム。
入間市の文化財解説では、はじめは柔らかく静かに打ち出し、人の一生を意味するかのように表現されると説明されています。[5]
ここが面白いところ。
太鼓は、大きな音を出せばよいわけではありません。
静かな始まりにも、長く受け継がれた表現があります。
見物するときは、勢いだけでなく、音の強弱や変化にも耳を傾けてみたいものです。
西三ツ木ばやし|交流によって独自の音へ
金子地区に伝わる「西三ツ木ばやし」にも、また違う背景があります。
江戸時代から伝わる祭り囃子で、神田囃子流の系統だったものが、明治初期に相模地方の祭り囃子と交流し、独自の囃子になったと伝えられています。
ただし、詳しい流派などは分かっていません。[6]
最初から完成した形が、ずっと変わらず伝わってきたわけではない。
他の地域の音と出会い、変化していったと伝わるのです。
まるで、音楽にも旅の歴史があるようです。
新久ばやし|山車とともに地域を巡る音
新久地区には、市指定無形民俗文化財の「新久ばやし」が伝わります。
新久の天王様では、天狗や獅子、神輿、山車などが行列をつくり、山車の上から新久ばやしが響きます。[7]
地域の祭礼では、お囃子は単なるBGMではありません。
人々が地域を巡る行列と結び付き、祭りの進行を彩る芸能として受け継がれてきました。
なお、ここで紹介した芸能は入間市内で伝承される代表例です。2026年の万燈まつりで、すべての団体がひっかわせに参加するという意味ではありません。
お囃子には、それぞれの地域で受け継がれてきた歴史があります。
ひっかわせは、単に複数の山車が音を鳴らす場面ではなく、異なる地域の芸能が同じ場所で向き合う場面として見ることもできるのです。
山車の上で踊る、おかめやひょっとこは何をしている?
お囃子を聞いていると、音だけでなく、踊っている人も気になってきます。
おかめやひょっとこなどのお面をつけた舞い手。
太鼓や笛の音に合わせて、表情豊かに体を動かします。
演奏の横で、ただ盛り上げているのでしょうか。
実は、祭り囃子では音楽と舞が一つになっていることがあります。
例えば、川越まつりの囃子では、笛・小太鼓・大太鼓・鉦などの演奏に、天狐(てんこ)や獅子、おかめなどの舞が組み合わされます。[8]
お囃子は、耳で聞くだけのものではなかったのです。
目でも楽しむ芸能。
ひっかわせで舞い手同士が向き合う場面では、太鼓や笛の演奏だけでなく、踊りの動きにも注目できます。
一方が大きく動くと、もう一方の舞い手の仕草にも自然と目が向かいます。
もちろん、演目や舞の種類は団体によって異なります。入間に登場する舞のすべてが川越と同じ演目というわけではありません。
それでも、ひっかわせを見るときに「音」と「踊り」をセットで見るだけで、楽しみ方はかなり変わります。
山車と御輿、万燈山車は何が違うのか?
さて、祭りの会場を歩いていると、似ているようで違うものが登場します。
山車、御輿、万燈山車、屋台、櫓。
名前だけでも、なかなかの大集合です。
でも、見分ける手掛かりはあります。
まずは「何をするためのものか」に注目してみましょう。
| 種類 | 特徴 | 注目ポイント |
|---|---|---|
| 伝統山車 | 車輪を持ち、人が曳いて進む祭礼の車。囃子や踊りを披露するものもある。 | 彫刻、飾り、囃子台、舞い手 |
| 御輿(神輿) | 神様が渡御する際の乗り物とされ、担ぎ手が担いで進む。 | 担ぎ手の動き、掛け声、装飾 |
| 万燈山車 | 入間万燈まつりで見られる、万燈の飾りや創作性を生かした山車。 | 花笠、提灯、色彩、飾り付け |
| 屋台・櫓 | 祭礼の演奏や踊りなどに用いられる舞台状の構造物。形や運用は地域によって異なる。 | 舞台の造り、演奏位置、地域固有の形 |
ただし、祭礼の山車と屋台の呼び名や構造は地域によって異なります。この表は入間万燈まつりを初めて見る人のための、おおまかな見分け方です。
山車は「曳く」、御輿は「担ぐ」
一番分かりやすい違いは、動かし方です。
山車は車輪を使って曳くものが多く、上に囃子の演奏者や舞い手が乗るものもあります。
一方、神輿は神様の乗り物としての意味を持ち、人々が肩などで担いで運びます。
山車は、祭りの芸能を見せる舞台にもなる。
神輿は、神様が地域を巡ることに結び付いたもの。
見た目がどちらも華やかでも、役割は同じではありません。
入間万燈まつりでは、伝統の神輿に加え、市民が工夫を凝らした創作御輿も登場してきました。[7]
万燈山車の「万燈」って、そもそも何?
ここで、祭りの名前そのものが関係してきます。
「万燈」は「まんどう」と読みます。
入間市内では、かつて社寺のお祭りなどに際して、家内安全や健康を願い、家々の門に花笠や提灯などの万燈を飾る風習がありました。
入間万燈まつりという名前は、この地域の風習に由来しています。[9]
つまり、万燈とは単に「たくさんの明かり」というだけの名前ではありません。
そこには、暮らす人たちの願いが関係していたのです。
入間万燈まつりでは、こうした万燈の文化を取り入れた創作山車と、昔から地域で受け継がれてきた伝統山車が共演します。
古くから伝わるものと、新しい発想から生まれたもの。
両方が同じ祭りをつくっています。
ここは混同しないでおきたい
万燈を門に飾る風習が古くからあったことと、現在の万燈まつりに登場する創作万燈山車がすべて古くから存在したことは、別の話です。
伝統山車と創作万燈山車にはそれぞれの成り立ちがあります。どちらも、現在の祭りを支える大切な存在です。
なぜ入間では、違う地区の山車が一度に集まるのか?

ここまで分かると、最初の疑問が少し変わってきます。
山車が向き合う理由は分かりました。
お囃子にも地域ごとの違いがあります。
では、そもそもなぜ、入間ではそれぞれの地区の芸能を一つの場所に集めているのでしょうか。
その答えは、入間万燈まつりの成り立ちにあります。
この祭りは、市内各地のお祭りを一堂に集め、「一年に一度は市民全員が集まろう」という発想から始まった市民まつりです。[10]
もともと地域には、それぞれの祭礼がありました。
山車が出る地域。
神輿が練り歩く地域。
独特のお囃子や太鼓が受け継がれる地域。
普段は別々の場所で行われている祭りの文化を、一つの会場で見られるようにしたのです。
その考え方を知ると、ひっかわせは別の姿にも見えてきます。
それぞれの地域が持ち寄った芸能を、互いに披露する場。
ひっかわせは祭りの一場面ですが、入間万燈まつりが生まれた考え方を象徴するような光景でもあります。
これは祭りの成立背景から読み取れる意味であり、ひっかわせという芸能そのものの歴史的起源を説明するものではありません。
それでも、「なぜ集まるのか」が分かると、山車が並ぶ光景には、音や飾りだけではない面白さが生まれます。
ひっかわせを見るなら、どこに注目すると面白い?
知識が少し増えたところで、いよいよ実践編です。
ただ何となく眺めるのではなく、次の順番で見てみてください。
ひっかわせを楽しむ5つの観察ポイント
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山車が向きを変える瞬間
山車がどのように位置を整え、相手に正面を向けるのか。動き始める前から、すでに見どころです。山車の構造によって向きの変え方は異なります。 -
太鼓のテンポ
向かい合った山車の音を聞き比べてみましょう。同じ速さでしょうか。それとも違うでしょうか。重なる音の中でも、各団体のリズムに注目してみてください。 -
笛の旋律
大きな太鼓の音に耳を奪われがちですが、笛の音も大切です。異なる旋律が同じ空間に響くところが、お囃子の競演ならではの面白さです。 -
舞い手の仕草
お面の表情だけでなく、手足の動きや舞の変化も観察してみましょう。音楽と踊りがどのように組み合わされているかが分かってきます。 -
山車を支える人たち
舞台の上だけでなく、山車の位置を調整する人や、曳き手の動きにも注目。大きな山車を集めるには、多くの人の連携が欠かせません。
特に注目したいのは、二つ目の「太鼓のテンポ」です。
最初は、たくさんの音が混ざって聞こえるかもしれません。
でも、少しずつ片方の音を追いかけてみると、もう一方とは違うリズムがあることに気付くかもしれません。
音が大きいだけではない。
それぞれの演奏が同時に続いている。
この違いに気付いたとき、ひっかわせの見え方は変わってきます。
2026年のひっかわせは、いつ・どこで見られる?
ここまで読んだら、実際に見てみたくなるかもしれません。
2026年の入間万燈まつりは、10月24日(土)・25日(日)に開催予定です。
ひっかわせの中心となる会場は、入間市産業文化センター前の交差点です。過去の公式案内でも、夜のひっかわせと2日目の山車のひっかわせが、この場所で行われています。[1]
10月25日(日)9:15〜16:45
ひっかわせは山車の移動や会場整理を伴う催しです。混雑時は誘導スタッフの案内に従い、山車の進路や曳き綱、車輪の近くには立ち入らないようにしましょう。
特に小さな子どもと見る場合は、無理に最前列へ進まず、周囲に余裕のある場所から楽しむのがおすすめです。
向き合う山車は、何を見せてくれていたのか
最初は、ただ山車が集まって、にぎやかに演奏している光景に見えました。
でも、ここまでたどってみると、少し違って見えてきます。
山車が向き合うのは、お互いのお囃子や踊りを披露するため。
そのお囃子には、川越から伝わったものもあれば、他の地域との交流によって独自の形になったと伝わるものもあります。
そして入間万燈まつりは、もともと市内各地の祭りを一堂に集めようという発想から生まれました。
そう考えると、あの向き合う山車は、単に音量を競っているだけではないように見えてきます。
それぞれの地域で育ってきた音が、年に一度、同じ場所で響き合う。
次にひっかわせを見るときは、ぜひ一つの山車の音を追いかけてみてください。
目の前でもう一つの山車が演奏する中、自分たちのリズムを刻み続ける人たち。
あのにぎやかな音の中に、受け継がれてきた地域の芸能があることに気付くはずです。
参考資料・出典
本記事は自治体の文化財資料、祭りの主催者による過去の案内、公式解説を中心に構成しています。川越まつりの説明は共通する芸能形式を理解するための比較資料であり、すべての習俗が入間と同一であることを示すものではありません。
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入間市役所|2019年入間万燈まつり公式プレスリリース
資料を読む
ひっかわせの内容、山車の競演、開催場所。記載時刻は2019年のもの。 -
川越まつり公式サイト|川越まつりの概要・歴史
資料を読む
曳っかわせの基本的な形式、山車同士の囃子の競演。 -
まいぷれ入間市|第46回入間万燈まつり
紹介ページ
山車を向き合わせる動作、相手の演奏につられずテンポを保つという見どころ。本文の直接再取得ができなかったため検索掲載情報を参照。 -
入間市|高倉ばやし(市指定無形民俗文化財)
資料を読む
伝来、流儀、演技の特徴。 -
入間市|高倉祇園太鼓(市指定無形民俗文化財)
資料を読む
江戸時代中期からの伝承、太鼓の表現。 -
入間市|西三ツ木ばやし(市指定無形民俗文化財)
資料を読む
神田囃子流との関係、相模地方の祭り囃子との交流に関する伝承。 -
入間市|いるままつり歳時記
資料を読む
市内の祭礼、新久ばやし、伝統山車と創作万燈山車などの紹介。 -
川越まつり公式サイト|ユネスコ無形文化遺産
資料を読む
祭り囃子の楽器編成と舞の種類。川越の事例。 -
飯能市|入間万燈まつり
資料を読む
万燈の名前の由来と、家内安全・健康を願う地域の風習。 -
NPO法人日本お祭り推進協会リアルジャパン'オン|入間万燈まつり
資料を読む
入間万燈まつりの成立趣旨、市内各地の祭りを一堂に集める考え方。2012年掲載資料。
情報確認日:2026年10月22日。文化財の伝承・由来と2026年の開催予定は区別して記載しています。ひっかわせの実施時刻、参加団体、進行、会場の立入範囲は最新の主催者案内を優先してください。