
狭山市に、世界の一流ギタリストが認めたギターをつくる製作所がある。
その名は「河野ギター製作所」。
世界へ広がった一本のギターの物語です。
世界的なクラシックギターと聞いたら、どこの国を思い浮かべるでしょうか。
フラメンコやクラシックギターの伝統が息づくスペインでしょうか。それとも、音楽の都として知られるヨーロッパの街でしょうか。
ところが、埼玉県狭山市の企業紹介に、なかなか気になる会社が掲載されています。
「河野ギター製作所」。
狭山市の紹介では、アメリカやヨーロッパなどで多くの演奏家が使用し、海外のギター製作コンクールでも二度受賞した企業だと説明されています。[1]
ギターをつくっているだけではありません。しかも、その評価は海外のコンサートホールにまで届いているのです。
これは、少し意外です。
なぜ、狭山市のギター製作所が、世界の名演奏家たちに認められるようになったのでしょうか。
手掛かりをたどると、一人の日本人がスペインへ渡ったこと、ベルギーで起きた転機、そして三世代にわたって追い続けてきた「音の秘密」が見えてきます。
まず驚くのは、世界的ギタリストたちの名前

最初に、河野ギターがどれほど広く知られているのかを確かめてみましょう。
アメリカのクラシックギター専門店「Guitar Salon International(GSI)」では、河野ギターを使用してきた著名な演奏家として、次の名前が紹介されています。[2]
| 演奏家 | どんな人物? |
|---|---|
| ジュリアン・ブリーム Julian Bream |
イギリスを代表するクラシックギタリスト。20世紀のギター音楽を語るうえで重要な演奏家。 |
| オスカー・ギリア Oscar Ghiglia |
イタリア出身の著名なギタリスト・教育者。演奏と後進の育成で知られる。 |
| シャロン・イズビン Sharon Isbin |
アメリカのクラシックギタリスト。国際的な演奏活動で知られる。 |
ギターを少しでも知っている人なら、思わず二度見したくなる顔ぶれかもしれません。
ただし、ここで区別しておきたいことがあります。これらは専門店が紹介する河野ギターの使用実績であり、全員が現在も同じ楽器を使用している、という意味ではありません。
それでも、日本の一工房でつくられたギターが、国際的な演奏家の選択肢になってきたことは確かです。
では、その名前は、いつ、どうやって世界に届いたのでしょう。
世界への第一歩は、スペインの小さな工房だった

物語の出発点は、製作家の河野賢(こうの・まさる)です。
河野賢は1926年生まれ。木材工芸を学び、1949年からギター製作に取り組み始めました。[3]
クラシックギターの本場は、長い製作の伝統を持つスペインです。
1960年、河野はそのスペインに渡ります。
そして、製作家アルカンヘル・フェルナンデスの工房で、およそ半年間にわたり技術を学びました。[3]
日本でギターをつくっていた職人が、わざわざ本場の工房へ。
現在ならインターネットで海外の製作映像を見られますが、当時はそう簡単ではありません。実際の製作現場に身を置くことには、大きな意味があったはずです。
しかし、ここで一つ気になります。
スペインの技術を学んだとしても、それだけで世界中から認められるのでしょうか。
実は河野賢が世界に知られる決定的な転機は、スペインではなく、別の国で訪れました。
1967年、ベルギーで何が起きた?

1967年。
ベルギーで開催された国際ギター製作コンクールで、河野賢のギターが金賞を受賞しました。[1][3]
ここで大切なのは、演奏コンクールではなかったということです。
評価されたのは、ギターを弾く技術ではなく、ギターそのものをつくる技術でした。
工房の公式沿革には、審査に関わった人物として、著名なギター製作家のイグナシオ・フレタ、ロベール・ブーシェ、作曲家ホアキン・ロドリーゴ、ギタリストのアリリオ・ディアスらの名前が挙げられています。[3]
ギターの世界を知る専門家たちによる審査。その場で日本人製作家の楽器が高く評価されたのです。
この金賞が、河野賢の国際的な評価を広げる大きなきっかけになりました。
1949年に製作を始め、1960年にスペインで技術を学び、1967年にベルギーで金賞。
河野ギターは、単に「日本製のギター」としてではなく、世界の製作技術と比較される舞台で評価されました。
とはいえ、賞を取ったギターと、実際のコンサートで求められるギターは、必ずしも同じではありません。
では、演奏家たちは河野ギターの何を評価したのでしょうか。
ギターの音を決めるのは、実は「見えない木」だった

クラシックギターには、エレキギターのような音を増幅する装置を使わず、楽器自体の振動で客席へ音を届ける演奏方法があります。
弦を指で弾くと、その振動が胴体へ伝わり、木の板や内部の空気が響きます。
つまり、同じような形に見えるギターでも、木材の性質や厚さ、内部構造の違いで、音の出方が変わるのです。
表から見えない「力木」が重要
ギターの表側にある薄い木の板は「表面板(響板)」と呼ばれます。
そして、その裏側には「力木(ちからぎ)」と呼ばれる細い木材が取り付けられています。
力木は、薄い板を支えるだけでなく、振動の伝わり方にも関わる重要な部品です。
見えないところに、音の設計図があるわけです。
河野ギター製作所では、この響板と力木の構造を研究し、独自の音づくりに取り組んできました。公式サイトでも、構造の研究と厳選した木材を重視する製作思想が紹介されています。[3]
大きな音だけでは、名器になれない
演奏家にとって大切なのは、単に音量が大きいことだけではありません。
小さな音を美しく響かせること。低い音と高い音のバランス。速い曲でも音の一つ一つが伝わること。
そして、何より演奏家が表現したい音楽に応えてくれることです。
狭山市の企業紹介でも、河野ギターの優れた音響特性や、コンサート会場での効果が評価点として挙げられています。[1]
見た目は木の箱と6本の弦。しかし、その裏側には、目に見えない調整の積み重ねがあります。
ここで、もう一つ疑問が出てきます。
それほど高度な技術なら、河野賢が亡くなったあと、誰がその音を守ってきたのでしょうか。
河野、桜井、君島。なぜ名前が3つあるの?
河野ギター製作所の公式サイトを見ると、ブランド名として「KOHNO」「SAKURAI」「KIMISHIMA」という三つの名前が並んでいます。
別々の会社かと思いきや、そこには三世代にわたる技術継承の物語がありました。
河野賢がギター製作を開始。1967年のベルギーでの金賞を機に世界的な評価を獲得し、1998年に亡くなるまでギターづくりを追求しました。
河野賢の甥である桜井正毅が製作所に参加。1988年、パリ国際ギター製作コンクールで第一位を獲得しました。2025年に亡くなっています。
河野賢の孫である君島聡が、長年の修業を経て自身のモデルを展開。河野・桜井から受け継いだ技術を土台に、新しい音づくりにも取り組んでいます。
年代・人物関係は製作所の公式沿革に基づきます。桜井正毅の製作所参加年については資料間に差がありますが、ここでは工房の公式記載である1967年を採用しています。[3]
ここで面白いのが、二代目の桜井正毅の経歴です。
桜井は大学で電気工学を学んでいました。
木工の職人一家に、電気工学。
一見すると、少し違う方向に進んだようにも思えます。
ところが、音は振動という物理現象でもあります。
桜井は響板の働きを研究し、新しい力木の配置を考案。ギターの音量や演奏のしやすさを追求しました。[3]
そして1988年には、パリの国際ギター製作コンクールで第一位。
一代目がベルギーで金賞。二代目がパリで第一位。
受け継いだのは、完成したギターの形だけではありませんでした。
どうすれば、もっと良い音が出るのか。その問い自体が受け継がれていたのです。
三代目は、最初から継ぐつもりではなかった?

三代目として技術を受け継ぐのが、1983年生まれの製作家・君島聡(きみしま・そう)です。
河野賢の孫にあたります。
そう聞くと、幼い頃から自然に家業を継ぐことを決めていたように思えます。
しかし、狭山市の企業紹介に掲載された本人のインタビューは、少し違う話を伝えています。
君島は祖父の仕事を身近に感じながらも、孫だから継ぐということには抵抗感があったと振り返っています。
転機になったのは、高校2年生のときに工房を訪れたことでした。
働く職人たちの話を聞き、そこでつくられるギターの価値や、演奏を聴く人に与える感動を知ったことが、製作家を志すきっかけになったそうです。[4]
「家族だから」ではなく、「この仕事をやりたい」と思ったことが出発点だったのです。
2021年からは独自のモデルを展開。現在の公式ラインナップには、SOL、Luna、Stellaといった名前が並びます。[5]
さらに2026年7月には、大阪音楽大学でギターの構造や音づくりについて特別講義を実施しています。
大学のレポートによると、工房には約10人の職人が在籍し、工程ごとの分業も行われています。[6]
つまり、「名人一人が最初から最後まで全部つくる」という単純なイメージとも違います。
職人たちの技術を組み合わせながら、楽器全体の設計と音を追求する。
世界へ届く一本のギターの裏には、複数の職人の仕事も重なっていました。
その音、実際に聴くことはできる?
ここまで読んで、そろそろ気になってくることがあります。
「理屈は分かった。で、どんな音がするの?」
ごもっともです。
ギターの話をここまでしておいて、音を聴かずに終わるのは少しもったいない気がします。
実は、河野ギター製作所の公式サイトには、演奏家による実際の演奏を紹介するページが用意されています。
掲載例には、福田進一、レオナルド・ブラーボ、ジョアン・ルイス、イリーナ・クリコヴァなどの演奏家があり、使用したギターのモデル名も表示されています。[7]
公式サイトでは、実際の演奏家による演奏を紹介しています。モデルごとに、どんな音楽が奏でられているのか聴き比べてみてください。
楽器の音は、演奏家の弾き方や録音環境でも変わります。そのため、録音だけでモデルの優劣を判断することはできません。
それでも、狭山市ゆかりの製作所から生まれた技術が、世界の演奏家の手でどんな音楽になっているのかを知るには、良い入口です。
ところで、なぜ狭山市に世界的なギター製作所が?
ここで、最初の場所に戻ってみましょう。
なぜ、この会社が狭山市と結び付いているのでしょうか。
狭山市には、「本物づくりのまち狭山市」という企業紹介の取り組みがあります。
市内の優れた技術や製品を持つ企業を紹介し、地域のものづくりの力を伝えるものです。
河野ギター製作所も、その掲載企業の一つです。[1]
ただし、今回確認できた資料だけでは、なぜ河野ギター製作所が狭山市に製作拠点を構えたのか、その具体的な立地理由までは分かりませんでした。
交通条件や土地の価格、創業者の生活との関係などを、根拠なく理由として挙げることはできません。
一方で、確かに分かることもあります。
市はこの製作所を、地域の優れた技術を代表する企業の一つとして紹介しています。
海外で二度にわたる受賞歴を持ち、世界の演奏家から評価される製品を生み出してきたものづくりが、狭山市の産業の一部として存在しているのです。
なお、公式サイトに記載された会社の所在地は東京都豊島区西池袋です。会社の連絡先と狭山市の製作拠点を同じ場所と考えないようにしたいところです。[3]
入曽駅からの正確なアクセスや一般公開の状況についても、今回の資料からは確認できませんでした。
狭山市という身近な街と、世界のクラシックギター。
一見遠く感じる二つが、確かにつながっていました。
河野ギター製作所|基本情報
- 名称
- 河野ギター製作所
- 事業内容
- クラシックギターの製造・販売・修理
- ゆかりの地域
- 埼玉県狭山市(狭山市の企業紹介に掲載)
- 公式サイト記載の会社所在地
- 東京都豊島区西池袋5-27-20
- 代表的な製作家
- 河野賢/桜井正毅/君島聡
- 主な受賞歴
-
1967年:ベルギーの国際ギター製作コンクール金賞
1988年:パリ国際ギター製作コンクール第一位 - 工房見学
- 狭山市の企業紹介では「要問合せ」と案内されています。現在の受け入れ状況は事前確認が必要です。無断訪問は避けてください。
- 公式サイト
- https://www.kohno-guitar.org/
- 狭山市の企業紹介
- 河野ギター製作所|本物づくりのまち狭山市
※会社の所在地と製作拠点の所在地は区別して記載しています。工房の具体的な訪問先・営業時間・見学条件は公式窓口で確認してください。
一本のギターの向こうに、世界があった
狭山市に、世界の演奏家たちが認めたギターをつくる製作所がある。
最初は、ただ意外な組み合わせに思えました。
けれど、そこには1949年から始まるギターづくりがありました。
スペインへ渡って技術を学び、ベルギーで金賞を受賞した河野賢。
研究を重ね、パリで第一位に輝いた桜井正毅。
そして、受け継いだ技術をもとに、自分自身のギターをつくる君島聡。
三世代が追い続けたのは、同じ楽器をただ繰り返しつくることではありません。
もっと良い音を生み出すには、どうすればいいのか。
その問いを、次の世代へ渡してきたのです。
世界のコンサートホールに響くクラシックギターの音。
これからその音を耳にしたとき、少しだけ違って聞こえるかもしれません。
遠い国の音楽だと思っていたものの中に、狭山市につながる職人たちの技術がある。
いつもの街と世界との距離は、思っていたよりずっと近いのかもしれません。
参考資料・出典
情報確認日:2026年10月23日。製作家の経歴、海外での受賞、演奏家との関係は、製作所の公式情報・自治体の企業紹介・専門店資料などを照合しています。
-
狭山市「本物づくりのまち狭山市|有限会社 河野ギター製作所」
https://www.sayama-honmono.jp/kohno-guitar/
市内企業としての紹介、製品の特徴、受賞歴、見学案内を確認。 -
Guitar Salon International「Kohno, Sakurai & Kimishima」
https://www.guitarsalon.com/luthier/sakurai-kohno/
国際的な評価と著名ギタリストによる使用実績を確認。 -
河野ギター製作所「公式サイト・製作家の歴史」
https://www.kohno-guitar.org/en/index.html
河野賢・桜井正毅・君島聡の経歴、技術開発、受賞歴、会社所在地を確認。 -
狭山市「有限会社 河野ギター製作所|活躍する先輩の姿」
https://sayama-honmono.jp/kohno-guitar/1/1.html
君島聡の職人を志した経緯について、本人のインタビューを確認。 -
河野ギター製作所「ギターラインナップ」
https://www.kohno-guitar.org/guitars.html
現在紹介されているモデル名とブランド構成を確認。 -
大阪音楽大学 MUSE「一本のギターに音が宿るまで ― 製作家が語る素材・構造・響きの秘密」
https://www.daion.ac.jp/muse/news/kimishimaso/
2026年7月の君島聡による講義内容、工房の製作体制、音づくりの技術を確認。 -
河野ギター製作所「Listen to our guitars」
https://www.kohno-guitar.org/en/listen-to-our-guitars.html
演奏家の掲載例、使用モデル、演奏紹介ページを確認。
編集注:狭山市内の拠点と公式サイト記載の会社住所は区別しています。入曽駅からの距離、立地の歴史的理由、工房見学の具体的な条件については、確証がないため断定していません。演奏家の使用実績は、現在の専属契約や継続使用を意味するものではありません。