狭山市駅はなぜ「入間川駅」から改称?駅名の歴史と七夕まつりで街が変わる2日間
西武新宿線の狭山市駅は、開業した1895年から長いあいだ「入間川駅」を名乗っていました。現在の「狭山市駅」へ変わったのは1979年3月25日。夏になると駅西口から七夕通りにかけて約100本の手作り飾りが並び、普段の駅前とはまるで違う景色になります。駅名には、入間川の町から現在の狭山市へ変わっていった街の歴史が、そのまま残されています。
西武鉄道・狭山市・狭山市観光協会の公式情報を確認済み。2026年の「狭山市入間川七夕まつり」は8月1日・2日に開催され、すでに終了しています。
点数ではなく、この場所の特徴を6方向の感覚で表しています。
交通の便利さ
西武新宿線の主要な市街地駅で駅前に公共施設が集まる
日常の買い物
旧入間川駅という駅名から街の歴史をたどれる
外食・カフェ
西口から七夕通り周辺を徒歩で回りやすい
子育て環境
市民交流センターなど子連れで立ち寄れる公共施設がある
自然・散歩
入間川七夕まつりという街を代表する行事が続く
地域のにぎわい
七夕まつり開催時は駅前から沿道まで大きく混雑する
狭山市駅は市制施行で「入間川駅」から改称した?
狭山市が誕生したのは1954年7月1日。一方、西武鉄道の公式記録では「入間川駅」が「狭山市駅」へ改称されたのは1979年3月25日です。つまり、市制施行から約25年間は、市の中心駅でありながら「入間川駅」という名前が使われ続けていました。
ここが狭山市駅の歴史で面白いところです。「狭山市になったからすぐ狭山市駅になった」と思いがちですが、実際にはそうではありません。街の行政名が変わったあとも、鉄道には旧来の「入間川」という地域名が四半世紀ほど残っていました。
狭山市は1954年、入間川町と5つの村が合併して誕生しました。駅名の「入間川」は、その市制施行以前からこの地域の中心だった旧・入間川町の記憶を伝える名前でもあったわけです。
駅名の歴史をたどると、狭山市ができる前の街が見えてくる
現在の西武新宿線につながる鉄道の駅として誕生。駅名には当時の地域名「入間川」が使われました。
入間川町と5村が合併し、埼玉県下15番目の市として狭山市が誕生します。ただし、この時点では駅名はまだ「入間川駅」のままでした。
開業から84年後、ようやく現在の市名と同じ「狭山市駅」になりました。
なぜ「入間川」という名前は消えなかった?
駅名こそ「狭山市駅」に変わりましたが、入間川という地名そのものがなくなったわけではありません。
むしろ夏になると、その名前は街の主役として戻ってきます。それが「狭山市入間川七夕まつり」です。
つまり現在の狭山市駅周辺には、「狭山市」という新しい行政都市名と、「入間川」という昔からの地域名が重なって存在しています。駅名の変遷と祭りの名前を一緒に見ると、この街が古い町を土台にして成長してきたことがよく分かります。
七夕まつりの日、狭山市駅前はどう変わる?
普段の狭山市駅西口は、市民交流センターや駅前広場が整備された比較的新しい都市空間です。ところが入間川七夕まつりの日になると、その印象が一変します。
狭山市の公式案内によると、狭山市駅西口から七夕通りにかけて、商店・事業所・市民が作った約100本の七夕飾りが並びます。2026年の案内でも「沿道が七夕飾りで埋めつくされる」と紹介されました。
駅を降りた時点から祭りが始まっている――そんな距離感が、入間川七夕まつりと狭山市駅の大きな特徴です。
| 2026年の開催情報 | 内容 |
|---|---|
| 開催日 | 2026年8月1日(土)・2日(日)※終了済み |
| 時間 | 8月1日 12:00〜21:00/8月2日 12:00〜20:00 |
| 会場 | 狭山市駅西口市民広場〜七夕通り商店街周辺 |
| 竹・七夕飾り | 約100本 |
| 納涼花火大会 | 8月1日 19:30〜20:00/約2,000発 |
| 阿波踊り | 8月2日 17:00〜19:45 |
| 交通規制 | 8月1日 11:00〜22:00/8月2日 11:00〜21:30 |
そもそも入間川七夕まつりは、なぜこれほど大きくなった?
狭山市公式によると、この地域の七夕は江戸時代中ごろから行われていたと伝えられています。当初は1mほどの笹や竹に短冊などを飾り、五穀豊穣や無病息災を願う行事でした。
大きな転機になったのは昭和期。入間川の通りに面した商店や問屋が、夏の暑い時期に客をもてなすため、竹飾りを大型化して日陰を作り、縁台を並べて夕涼みの会を行うようになったとされています。
つまり現在の巨大な飾りは、単に「見栄えを派手にした」というだけではありません。商店街の夏のおもてなし文化が、現在の祭りの形へ育っていったものなのです。
狭山の七夕飾りは「手作り」が主役
入間川七夕まつりのもうひとつの特徴が、飾りの多くを商店や事業所、市民などが自ら手作りしていることです。
狭山市によると、飾りは原則として紙を使い、時代の世相を表現する作品を作る習慣もあります。2026年には「竹飾りナンバーワン投票」も実施されました。
毎年同じ装飾を並べるだけではなく、その年その年の街の空気が七夕飾りに映る。それが狭山らしさです。
狭山市駅を降りたら、まず西口へ
西口には市民交流センターなどが集まり、駅から徒歩約1分でアクセスできます。駅前で休憩や情報収集がしやすいエリアです。
西口を出たところから祭りの空気が始まり、七夕通り方向へ人の流れが続きます。開催中は大規模な交通規制も行われます。
西口の市民交流センターは狭山市駅から徒歩約1分。現在の整備された駅前と、その先に残る「入間川」の地域文化を連続して感じられるのが、この街の面白さです。
駅名は変わった。でも祭りには「入間川」が残った
「入間川駅」という名前が使われた期間は84年。一方、「狭山市駅」という駅名になってからも、地域の歴史がリセットされたわけではありません。
現在も住所は「入間川」、祭りは「狭山市入間川七夕まつり」。新しい市名と古い地域名が同居していること自体が、この街らしさと言えます。
駅の名前だけを見ていると「狭山市の中心駅」で終わります。しかし旧駅名を知ってから西口を歩くと、七夕まつりの名称も、住所に残る「入間川」の文字も少し違って見えてきます。
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狭山市駅についてよくある疑問
はい。1895年3月21日に「入間川駅」として開業し、1979年3月25日に「狭山市駅」へ改称されました。
いいえ。狭山市の誕生は1954年7月1日です。駅名変更は約25年後の1979年なので、市制施行と同時ではありません。
メインエリアは狭山市駅西口市民広場から七夕通り周辺です。駅を出るとすぐ祭りのエリアに入れる、非常に駅近のイベントです。
2026年8月1日(土)・2日(日)に開催され、現在は終了しています。次回開催については狭山市・狭山市観光協会の最新発表をご確認ください。
狭山では商店・事業所・市民などによる手作りの飾りが大きな特徴です。原則として紙を使い、その年の世相を反映する作品を作る文化も伝えられています。
一言で言うと
狭山市駅は、「入間川」という昔の町から「狭山市」という現在の都市へ変わっていく過程を、駅名そのもので物語る駅。
そして夏の七夕まつりになると、駅名から消えたはずの「入間川」が再び街の主役になります。
駅の名前を知ると、いつもの街が少し違って見える
普段は西武新宿線のひとつの駅として通り過ぎてしまう狭山市駅。しかし「ここは84年間も入間川駅だった」と知ってから西口へ出ると、住所の「入間川」や七夕まつりの名前が、単なる固有名詞ではなく街の歴史として見えてきます。
そして年に一度、駅前から七夕通りまで約100本の飾りが並ぶ2日間には、その古い地域名が街全体を包みます。
駅名は変わっても、街の記憶までは消えない。狭山市駅は、そんなことを感じさせてくれる駅です。
