
西武秩父線の電車が、正丸駅を出て山の中へ消える。次に明るい景色が広がるまで、実に4,811m。
約4.8kmも暗闇が続く正丸トンネル。1969年の開通当時は、私鉄で日本最長の鉄道トンネルでした。
でも、少し不思議ではありませんか。
なぜ西武鉄道は、わざわざこれほど長いトンネルを掘ったのでしょう。
山を避けて線路を曲げたり、峠を越えたりする方法もありそうです。ところが、この長大トンネルこそ、東京と秩父を近づけるための重要な選択でした。
しかも、その内部には、ただのトンネルとは思えない仕掛けがあります。
実は、正丸トンネルの中には、電車同士がすれ違える場所まであるのです。
なぜ4.8kmも山を掘った?答えは、秩父への遠い道のりにあった

正丸トンネルが造られる前、西武鉄道の線路は、現在の吾野駅までしか延びていませんでした。
池袋方面から秩父へ向かうには、別の鉄道路線などを利用する必要があったのです。
西武鉄道が発行した2019年の広報誌によれば、当時、東京と秩父の間の移動には3時間近くかかっていました。[1]
今では池袋から特急で秩父へ向かうこともできますが、当時はずっと遠い場所だったわけです。
そこで計画されたのが、吾野から西武秩父まで約19kmの新線でした。
ただし、行く手には奥武蔵の山々が連なっています。
鉄道には、道路と違って急な坂を上りにくいという制約があります。
自動車なら曲がりくねった峠道を進めても、長い車両を連結した電車で同じことをするのは簡単ではありません。
できるだけ無理のない勾配で、安全に列車を走らせる必要があります。
そこで、山を大きく迂回する代わりに、山の内部を貫くルートが採用されました。
それが、正丸駅と芦ヶ久保駅を結ぶ正丸トンネルです。
約4.8km
内部に交換設備 芦ヶ久保駅
ただ長いトンネルを掘ったのではなく、秩父へ向かう鉄道そのものを成立させるための重要な工事だったのです。
しかし、そう考えると別の疑問が浮かびます。
これほど長いトンネルを、1960年代の日本で、いったいどうやって完成させたのでしょうか。
山を貫くまでわずか約2年。1960年代の難工事はどう進んだ?
西武秩父線の建設工事が始まったのは、1967年7月19日。
そして1969年10月14日には、吾野〜西武秩父間の営業運転が始まっています。
建設工事の開始から、わずか26か月あまりです。
ここで驚くのは、造ったのが正丸トンネルだけではなかったこと。
西武鉄道の開通50周年資料によると、西武秩父線の建設には大小16か所のトンネルと35か所の橋りょうが含まれていました。[1]
16のトンネルに、35の橋。
もはや、山に穴を開ける工事というより、山全体の地形に合わせて鉄道を組み立てるような規模です。
谷を越えるには橋を架け、山が立ちはだかればトンネルを掘る。その繰り返しが、西武秩父線の約19kmに凝縮されています。
西武秩父線の建設工事が始まる。
正丸トンネルが貫通。山の両側から進めたトンネルがつながる重要な節目となる。
地域の人々とともに開通を祝う式典を開催。
西武秩父線が開通。東京方面と秩父を西武鉄道が直接結ぶ新しい時代が始まる。
正丸トンネルが貫通したのは、営業開始の約8か月半前でした。
トンネルを掘り抜くだけでは、電車は走れません。
線路を敷き、電気や信号などの設備を整え、列車を安全に運行できる状態にする必要があります。
正丸トンネルは、掘り終えたことが完成のすべてではなかったのです。
「26か月」は西武秩父線全体の建設工事に関する期間です。正丸トンネル単独の掘削期間を示す数字ではありません。また、トンネルの詳細な掘削方法や工事中の個別の出来事については、今回確認した公開資料だけでは断定できません。
こうして完成した正丸トンネルですが、本当に意外なのは、その内部の構造です。
4.8kmのトンネルを走る電車は、単に暗闇の中を一直線に進んでいるだけではありません。
トンネルの真ん中に、もう一本の線路?隠れた信号場の正体

西武秩父線の正丸駅から芦ヶ久保駅までの区間は、基本的に線路が一本の単線です。
単線では、反対方向から走ってくる電車と、そのまま同じ線路を進むことはできません。
では、池袋方面へ向かう上り列車と、西武秩父方面へ向かう下り列車は、どこですれ違うのでしょう。
通常は駅などに設けられた複数の線路を使います。
ところが正丸トンネルには、トンネルの中に列車交換設備が用意されているのです。
これが「正丸トンネル信号場」と呼ばれる設備です。
西武鉄道の会社資料にも、正丸トンネル中央部に列車の交換設備があることが明記されています。[2]
地下駅でもないのに、山の中で列車がすれ違う。
これは、なかなか想像しにくい構造です。
なぜ、わざわざトンネル内ですれ違う必要がある?
理由は、単線区間の列車運行を柔軟にするためです。
正丸駅と芦ヶ久保駅の間で列車交換ができない場合、反対方向の列車は、どちらかが駅に到着するまで待たなければなりません。
しかし、途中に交換設備があれば、駅と駅の間でも上下列車を行き違わせることができます。
つまり正丸トンネルは、山を通り抜けるための通路であると同時に、列車の運行を支える場所でもあるのです。
トンネル内で列車が停止することがあっても、それだけで異常とは限りません。信号場での列車交換など、運転上の理由で停車する場合があります。
単線の鉄道で、反対方向へ向かう列車同士が、複数の線路を利用して行き違うことです。正丸トンネルには、このための設備があります。ただし、すべての列車がここで停車・交換するわけではありません。
ここまで知ると、車窓からは見えない正丸トンネルの存在感が、少し大きくなってきます。
では、このトンネルが開いたことで、秩父への旅はどれほど変わったのでしょう。
西武秩父線の開通で、秩父はどれほど近くなった?
1969年10月14日。
西武秩父線の開通により、吾野から先へと西武鉄道の線路がつながりました。
そして、この開通に合わせて登場したのが、初代の特急「レッドアロー」です。
当時の西武鉄道は、「西武で秩父へ特急83分」という言葉を使い、新しい特急列車を案内しました。[1]
それまで東京から秩父までの移動には3時間近くかかる経路もあったのに、特急で約83分。
もちろん、出発地や利用経路によって比較条件は違います。それでも、秩父への鉄道アクセスが大きく変わったことを伝える数字です。
そして、この特急が走る道の途中にあるのが、正丸トンネルでした。
西武秩父線の開通は、観光客が秩父へ行きやすくなっただけの話ではありません。
秩父地域の人々にとっても、東京方面へ出かける新たな選択肢が生まれました。
旅の時間が短くなるということは、単に早く着くということではなく、行ける場所や過ごし方の幅が広がるということでもあります。
正丸トンネルの4,811mは、そんな変化を支える長さだったのです。
「日本最長」は今も続いている?4,811mという記録の意味
正丸トンネルの紹介で、よく見かける言葉があります。
「私鉄最長のトンネル」。
ここには、大切な注意点があります。
正丸トンネルが私鉄最長だったのは、1969年の開通当時です。
西武鉄道も、歴史を紹介する資料や2024年・2025年のイベント案内で「当時は私鉄最長」と説明しています。[3]
西武鉄道の2021年版会社要覧では、正丸トンネルの長さを4,811.4mとし、当時の私鉄山岳トンネルでは第2位と紹介していました。[2]
つまり「かつて日本一」と「現在も日本一」は、同じ意味ではありません。
なお、正丸トンネルは鉄道用のトンネルです。国道299号にも同じ「正丸トンネル」という名称の道路トンネルがありますが、こちらは別の施設です。
名前が同じなので、長さや開通年を混同しないようにしたいところです。
そして、半世紀以上が過ぎた今も、このトンネルには、人々の関心を集める理由があります。
普段は歩けない4.8km。特別な夜には、トンネルが見学の舞台になる

正丸トンネルは、通常、電車に乗って通過する場所です。
ところが西武鉄道は、過去にこのトンネルの中を歩く特別なイベントを開催しています。
2022年には「正丸トンネルを歩こう!」というナイトウォーキングツアーを開催。
2024年には西武秩父線開通55周年を記念した企画として、さらに2025年にも同様の特別ツアーが実施されました。[4]
2025年の企画では、終電後の正丸駅から出発し、正丸トンネルを歩いて芦ヶ久保方面へ向かう内容が組まれました。
電気設備や線路の保守に関わる係員の解説もあり、普段は乗客が意識しない鉄道の裏側を学べる機会でした。
さらに、線路の点検などで使用する「レールスター」という車両への乗車体験も設けられました。
普段なら数分で通過する暗闇を、自分の足で進む。
同じ4.8kmでも、電車の座席から眺めるのとはまったく違う長さに感じられそうです。
正丸トンネルは現在も列車が走る鉄道施設です。一般の人が自由に立ち入ったり、線路上を歩いたりすることはできません。過去のナイトウォーキングは特別に運行・安全管理を行った企画であり、常設の見学コースではありません。
2026年10月20日時点で、ここに紹介した過去のツアーが現在募集中であるという案内ではありません。今後の開催については西武鉄道の最新情報を確認してください。
正丸トンネルを知ってから乗る、西武秩父線の楽しみ方
正丸トンネルそのものは観光施設ではありませんが、正丸駅から芦ヶ久保駅まで電車で移動すれば、実際に通過することができます。
飯能方面から秩父へ向かう場合、正丸駅の先でトンネルに入り、芦ヶ久保駅の手前で山の景色が再び広がります。
このとき、ぜひ意識してみてほしいことがあります。
長いトンネルは、単に景色が見えない区間ではありません。
その内部には列車交換設備があり、約半世紀以上前から秩父への鉄道交通を支えてきた線路が続いています。
暗闇を通り抜ける時間も、西武秩父線の歴史の一部なのです。
正丸トンネル|基本情報
4,811mの暗闇は、秩父を近くした4,811mだった
もう一度、最初の場面に戻ってみましょう。
正丸駅を出発した電車が、山の中へ吸い込まれていく。
車窓から景色が消え、暗闇が続きます。
知らなければ、ただ長いだけのトンネルかもしれません。
けれど、その暗闇の向こうには、1967年に始まった山岳鉄道の建設工事があり、1969年の開通を待ち望んだ地域の人々がいました。
そして見えない途中には、反対方向から来る電車を通すための交換設備まで隠れています。
4,811mという数字は、単なる長さの記録ではありませんでした。
東京と秩父の間に横たわっていた山を越え、人々の移動を変えるために造られた道の長さ。
次に正丸トンネルを通るとき、暗闇がいつもより少しだけ、意味のある時間に感じられるかもしれません。
参考資料・出典
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西武鉄道「かわら版」2019年10月号
西武秩父線開通50周年の特集。建設開始日、正丸トンネルの貫通日、16のトンネル・35の橋りょう、建設期間、開通当時の交通事情、特急レッドアローなどを確認。
西武鉄道・広報誌を確認 -
西武鉄道「2021年会社要覧」鉄道事業・施設
正丸トンネルの延長4,811.4m、山岳トンネルとしての当時の位置付け、トンネル中央部の列車交換設備を確認。
西武鉄道・会社要覧(PDF) -
西武鉄道「100年のあゆみ」
西武秩父線開通に至る歴史、正丸トンネルの当時の私鉄最長記録を確認。
西武鉄道・公式沿革 -
西武鉄道「正丸トンネル ナイトウォーキングツアー!」2025年7月9日発表
トンネル内部の特別見学、保線・電気設備の解説、レールスター乗車体験などを確認。
西武鉄道・公式ニュース -
西武鉄道「西武秩父線開通55周年記念 正丸トンネルを歩こう!」2024年7月17日発表
2024年の特別ツアーの開催内容と、開通当時の正丸トンネルの位置付けを確認。
西武鉄道・公式ニュース
情報最終確認:2026年10月20日
※過去の記録・広報資料に基づく歴史記事です。現行ダイヤや特別イベントの開催状況は、西武鉄道の最新発表をご確認ください。