萩山駅はなぜ線路が複雑?拝島線と多摩湖線が交差する「萩山ジャンクション」の正体
西武線の路線図では、拝島線と多摩湖線が交わるだけに見える萩山駅。ところがホームへ降りて線路を追ってみると、分岐器が現れ、線路同士が平面で交差し、列車によって進む方向まで変わるという、かなり個性的な構造になっています。
とくに注目したいのが、3番線から国分寺方面へ向かう多摩湖線が、ホーム途中で分岐したあと別の線路を横切る構造。駅の歴史をたどると、単に「複雑に造った」のではなく、1928年の開業以降に路線が増え、接続方法が変わってきた結果、現在の配線が形づくられたことが見えてきます。
この記事では、その姿を分かりやすく「萩山ジャンクション」と呼びます。これは西武鉄道の正式名称ではなく、ekirip上で線路配置の面白さを表現するための呼び方です。
- 西武拝島線と西武多摩湖線の2路線が乗り入れる駅。
- 駅番号は拝島線がSS30、多摩湖線がST04。
- 現在のホームは2面3線。
- 拝島線と多摩湖線の線路が駅構内で平面交差する珍しい配線。
- 3番線にはホーム途中に国分寺方面への分岐器がある。
- かつては拝島方面・多摩湖方面へ向かう列車の分割・併合も行われていた。
点数ではなく、この場所の特徴を6方向の感覚で表しています。
交通の便利さ
拝島線と多摩湖線が接続し複数方向へ移動できる
日常の買い物
駅周辺は住宅地中心で日常利用の店舗が点在する
外食・カフェ
駅前には飲食店があるが大規模な繁華街ではない
子育て環境
エレベーターやバリアフリートイレなどの駅設備を確認できる
自然・散歩
多摩湖自転車歩行者道や公園へ歩きやすい
地域のにぎわい
複数路線の平面交差と変則的な配線が駅を象徴する特徴
拝島線+多摩湖線
2面3線ホーム
何がそんなにマニアック?萩山駅の線路を簡単に見る
現在の萩山駅は、島式ホーム1面2線と単式ホーム1面1線を組み合わせた2面3線の駅です。
数字だけを見ると、それほど巨大な駅には感じません。面白いのは「線路の本数」ではなく、その3本がどこへつながっているかです。
これは実際の信号・分岐器を完全再現した配線図ではなく、方向関係を理解するための簡略図です。
西武鉄道公式では、萩山駅の時刻表を「多摩湖線」と「拝島線」に分けて案内しています。多摩湖線は国分寺方面・多摩湖方面、拝島線は小平・高田馬場・西武新宿方面と、小川・拝島方面へ列車が走ります。
最大の見どころは「3番線の途中から線路が分かれる」こと
萩山駅を語るうえで特に面白いのが3番線です。
現在の配線では、3番線のホーム途中に多摩湖線・国分寺方面へ向かう分岐器があります。そこから分岐した線路は、さらに駅端付近で別の線路と平面交差します。
一般的な駅なら「ホームを出てから分岐する」光景を想像しやすいところ、萩山ではホームそのものを眺めているだけで、列車の進路が変わっていく様子を追えるのがポイントです。
そのため、同じホームから発車しても「小平方面へ進む列車」と「国分寺方面へ曲がっていく列車」では、その先の動きがまるで違います。
「平面交差」って何?線路同士が同じ高さでクロスする
萩山駅のもう一つのキーワードが平面交差です。
鉄道同士が交わる場合、片方を高架、もう片方を地上にして立体的に交差させる方法があります。ところが萩山では、拝島線と多摩湖線の進路が同じ高さで関係し合う配線が残されています。
配線図を専門に扱う「配線略図.net」でも、多摩湖線について萩山駅で拝島線と平面交差する構造が紹介されています。
萩山駅では車種だけを追うより、列車が発車したあと「どのポイントを通るか」「どちらへ曲がるか」を眺めると面白さが一気に増します。ホーム上では黄色い線の内側から安全に観察してください。
なぜこんな複雑な構造になったの?答えは約100年の歴史
萩山駅の配線が複雑なのは、最初から現在の拝島線・多摩湖線のジャンクションとして完成形を造ったからではありません。
駅と周辺の線路が、時代ごとに役割を変えながら追加・変更されてきたことが大きな背景です。
| 年 | 萩山周辺で起きたこと | 現在の配線につながるポイント |
|---|---|---|
| 1928年 | 萩山駅が多摩湖鉄道の駅として開業 | 現在の多摩湖線につながる鉄道の歴史が始まる |
| 1930年 | 村山貯水池方面へ路線が延びる | 周辺に複数方向へ延びる線路網が形成されていく |
| 1958年 | 萩山駅を現在地へ移転 | 新宿線側から多摩湖方面へ向かえるよう線路配置を改良 |
| 1962年 | 現在の拝島線につながる線路が接続 | 萩山が複数系統の結節点としてさらに重要になる |
| 2013年 | 萩山駅での列車の増結・解結を廃止 | 運転形態は簡素化しても複雑な配線の痕跡は残る |
萩山の線路は「鉄道会社の歴史が地面に残ったもの」
1930年前後の萩山周辺では、線路がY字状に分岐し、さらに異なる方向を結ぶ線路を加えたことで、かつてはデルタ線と呼ばれる三角形に近い線路配置も形成されていました。
その後、駅の移転や直通運転への対応、現在の拝島線につながる路線の接続などが重なります。
つまり萩山駅の複雑さは、余計な線路が残ったというより、異なる時代の「ここへ列車を走らせたい」という要求を重ねた結果と見ると分かりやすくなります。
今の線路を見ることが、そのまま西武鉄道の路線形成史を見ることにつながる。ここが萩山の面白さです。
昔はもっとすごかった?萩山駅で列車を連結・切り離していた
配線マニアだけでなく、昔からの西武線ファンにとって萩山駅を象徴する光景が、かつて行われていた分割・併合です。
以前は西武新宿方面へ向かう列車などで、拝島方面の編成と当時の西武遊園地方面の編成を萩山駅で連結したり、反対方向では切り離したりする運用がありました。
この作業は2013年3月のダイヤ改正で終了。現在は日常の営業列車で当時の連結作業を見ることはできません。
ただし、昔の映像や記録を見ると「なぜ萩山のホームや線路がこんな形なのか」を理解するヒントになります。
現地で見るならどこに注目する?
① まず3番線の線路をホーム先端方向まで追う
ホームに入ってくる列車だけでなく、レールそのものを目で追ってみてください。途中から分岐器が現れ、列車の進路が変わっていくことが分かります。
② 国分寺方面へ向かう多摩湖線の動きを見る
国分寺方面へ向かう列車では、萩山を出た直後の進路に注目。直線的にそのまま進む列車とは違う動きが見えてきます。
③ 小平・拝島方面との位置関係を見る
「多摩湖線だけ」を見るのではなく、拝島線の線路と同時に視界へ入れるのがコツ。2路線が一つの駅構内でどのように共存しているのかが分かります。
ホーム端へ過度に近づいたり、黄色い線から線路側へ出たりしないようにしてください。三脚などで通行を妨げず、通勤・通学利用者を優先して静かに観察しましょう。線路沿いでも私有地・鉄道用地への立ち入りはできません。
SOCIAL VOICES|動画や投稿で見る「萩山ジャンクション」
萩山駅は派手な観光駅ではありませんが、鉄道ファンの投稿では線路配置そのものが繰り返し取り上げられています。
萩山からもう一歩。「西武線の変な交差」を追う
萩山の線路を面白いと感じたら、多摩湖線をそのまま西へ追いかけるのがおすすめです。八坂駅では、今度は多摩湖線が国分寺線を立体交差で越えていきます。
萩山では「接続する2路線が複雑に交差」、八坂では「同じ西武線なのに交差するだけで乗り換えられない」。数駅の間に、性格の違う鉄道ジャンクションを続けて楽しめます。
Q&A|萩山駅の線路について気になること
A. 西武拝島線と西武多摩湖線の2路線が乗り入れます。駅番号は拝島線がSS30、多摩湖線がST04です。
A. 現在は2面3線です。単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線を組み合わせています。
A. はい。萩山駅構内では、多摩湖線と拝島線の進路が複雑に関係し、3番線から国分寺方面へ向かう進路には別線を平面で横切る部分があります。
A. いいえ。西武鉄道の正式名称ではありません。この記事で、分岐・交差・接続が集中する萩山駅の特徴を分かりやすく表すために使っている呼び方です。
A. かつて行われていた拝島方面・多摩湖方面の列車の増結・解結は、2013年3月のダイヤ改正で終了しています。
A. まず3番線のレールを目で追い、列車が発車したあとどちらへ曲がるかを見ると分かりやすいです。配線図の知識がなくても「普通の駅と少し違う」ことを感じられます。
萩山駅は、約100年の鉄道史がレールの形で残る駅
ホームは2面3線。巨大なターミナルでも、観光客であふれる駅でもありません。
それでも線路へ目を向けると、国分寺、小平、西武新宿、拝島、多摩湖という異なる方向への流れが、この小さな駅へ集まっています。
1928年の開業から、路線の延伸、駅の移転、新たな線路の接続、直通運転、そしてかつての分割・併合まで。萩山駅の複雑なポイントは、西武線が歩いてきた歴史をそのまま地面へ刻んだような存在です。
次に萩山で電車を待つときは、スマホから少しだけ目を上げてレールの先を追ってみてください。何気ない住宅地の駅が、突然「鉄道ジャンクション」に見えてくるかもしれません。
