多磨駅はなぜ「多磨墓地前」から改称?東京外国語大学の移転で変わった駅名と街の歴史
西武多摩川線の多磨駅は、かつて驚くほどストレートな「多磨墓地前駅」という名前でした。1929年の開業から70年以上使われましたが、2001年3月28日に現在の「多磨駅」へ改称。すぐ近くへ東京外国語大学が移転した時期と重なり、現在は「東京外大前」という副駅名も付いています。西武鉄道の公式資料でも、旧駅名と改称日は確認できます。
西武鉄道・東京外国語大学・東京都公園協会・榊原記念病院などの公開情報を確認しています。
点数ではなく、この場所の特徴を6方向の感覚で表しています。
交通の便利さ
西武多摩川線で武蔵境方面へアクセスできる
日常の買い物
東京外国語大学と多磨霊園という明確な歴史資産がある
外食・カフェ
野川公園や武蔵野の森公園など大規模な緑地が近い
子育て環境
大学や病院の立地で幅広い利用目的がある
自然・散歩
駅リニューアルで東西移動とバリアフリー性が向上
地域のにぎわい
大学行事や墓参時期は利用者の集中が考えられる
多磨駅の旧名は「多磨墓地前」だった
現在の多磨駅は1929年1月5日、当時の「多磨墓地前駅」として開業しました。西武鉄道が公開する駅名変遷にも、「多磨墓地前 → 多磨 2001年3月28日」と明記されています。
駅名の元になった多磨墓地は、現在の多磨霊園です。いまも多磨駅から多磨霊園までは徒歩約10分で、駅は引き続き墓参の玄関口として機能しています。
「墓地前」って、かなり直接的では?
現代の駅名感覚ではかなり大胆ですが、開業時はむしろ目的地が一瞬で分かる実用的な名前でした。多磨霊園を訪れる人にとって、「どの駅で降りればいいのか」をそのまま伝える案内板の役割を駅名自体が担っていたわけです。
面白いのは、多磨墓地が1935年に「多磨霊園」へ名称を変えた後も、西武側の駅名は長く「多磨墓地前」のままだった点。駅名には、街の過去がそのまま化石のように残っていました。
なぜ2001年に「多磨駅」へ改称されたの?
大きな転機となったのが、駅東側の旧関東村跡地を中心とした再整備です。その代表が東京外国語大学の府中キャンパス移転でした。大学は2000年8月11日に府中キャンパスへの移転を行い、同年10月から新キャンパスで授業を開始しています。
そして翌2001年3月28日、多磨墓地前駅は「多磨駅」へ改称されました。鉄道関連資料では、東京外国語大学の移転や、周辺で病院利用者が増えることなどを背景に駅名変更の要望があったと紹介されています。
そのため、「大学誘致だけを理由に名前が変わった」と断定するよりも、東京外国語大学の府中移転を象徴とする周辺開発によって、駅が“墓参だけの玄関口”ではなくなったと考えるのが実態に近そうです。
「東京外国語大学前駅」にはならなかったの?
現在の駅名標を見ると、多磨の下には「東京外大前」という副駅名があります。西武鉄道も、東京外国語大学の最寄駅であることを理由に副駅名が付いていると案内しています。
東京外国語大学の府中キャンパスは、多磨駅から公式案内で徒歩約5分。新宿方面からはJR中央線で武蔵境へ向かい、西武多摩川線へ乗り換えるルートが大学公式アクセスとして案内されています。
実は隣の「北多磨駅」まで巻き込まれた
この改称には、もう一つ鉄道好きにはたまらない後日談があります。
2001年3月28日、「多磨墓地前」が「多磨」に変わったのと同じ日に、隣の北多磨駅も「白糸台駅」へ改称されました。西武鉄道の駅名変遷では、両駅がまったく同じ日に変更されています。
理由としてよく紹介されるのが位置関係です。旧・北多磨駅は、新しく誕生した多磨駅から見ると南側に位置するため、「多磨より南なのに北多磨」という妙な状態になってしまうからです。西武鉄道の過去の広報でも、この矛盾を避けるため白糸台へ改称したと紹介されています。
多磨駅の改称は“1駅だけの話”ではなかった
多磨墓地前から「墓地前」を取るだけなら、一見すると小さな変更です。しかし、その結果として隣駅の方角表現まで成立しなくなり、沿線の駅名を二つ同時に整理することになりました。
駅名は単なる看板ではなく、路線全体の地理関係を表すシステムでもある――そんなことが分かる、地味に面白い“ドミノ改称”です。
現在の多磨駅は、昔の「墓地前」とかなり雰囲気が違う
駅そのものも大きく変わりました。西武鉄道は2020年度に橋上駅舎と自由通路を供用開始し、2021年度にリニューアル事業を完了。新たに東口が設置され、構内踏切を廃止。ホーム拡幅やエレベーター・エスカレーターなどのバリアフリー整備も行われています。
現在の駅設備としては、トイレ、待合室、エレベーター、エスカレーター、バリアフリートイレなどが西武鉄道公式ページで案内されています。住所は東京都府中市紅葉丘3丁目42-2です。
駅を出ると「西」と「東」で街の顔が変わる
多磨霊園へ
旧駅名の由来をたどるならこちら。東京都公園協会の案内では、多磨駅から多磨霊園まで徒歩約10分。今でも「多磨墓地前」時代の役割はしっかり残っています。
東京外国語大学へ
多磨駅から府中キャンパスまでは徒歩約5分。旧関東村跡地の再編によって誕生した、新しい多磨の象徴的な風景です。
公園へ足を伸ばす
西武鉄道も、多磨駅周辺の見どころとして野川公園や武蔵野の森公園などの大規模な公園を紹介しています。駅名史だけで終わらず、緑の中を歩く街散歩とも相性の良い駅です。
新駅舎の桜アートを見る
橋上駅舎・自由通路の壁面には、周辺の「桜」をテーマにしたメモリアルアートも設置されています。昔の駅を知る人ほど、変化を感じやすいポイントです。
多磨駅を半日歩くなら?
| スタート | 西武多摩川線 多磨駅 |
|---|---|
| 約5分 | 東京外国語大学周辺へ。駅が改称された時代背景を感じるエリア。 |
| 駅へ戻る | 橋上駅舎・自由通路の桜アートをチェック。 |
| 約10分 | 旧駅名の由来である多磨霊園方面へ。 |
| 余裕があれば | 野川公園・武蔵野の森公園方面へ。緑を組み合わせると「駅名史+公園散歩」の半日コースになります。 |
SNS・WEBで見える「多磨駅」の印象
今回の確認では、多磨駅の旧駅名について内容とURLを十分に確認できる個人SNS投稿を3件以上確保できなかったため、架空の投稿は掲載しません。その代わり、鉄道・地域メディアで確認できた「多磨駅の見え方」を整理します。
多磨駅と「多摩駅」は何が違う?
地味に迷いやすいのが漢字です。駅名は「多摩」ではなく「多磨」。この「磨」は、多磨霊園や旧多磨村など地域の歴史につながる表記です。毎日新聞の言葉に関する解説でも、多磨霊園が旧・北多摩郡多磨村に造られたことと「多磨」の字の関係が紹介されています。
さらに京王線には「多磨霊園駅」もあるため、初めて向かう場合は注意したいところ。東京外国語大学へ向かう場合の大学公式案内は、西武多摩川線の多磨駅です。
エキリプで一緒に読みたい多摩川線の記事
新小金井駅の駅チカ情報 多磨駅の武蔵境方面、ひとつ隣。多摩川線を北へ歩きたいときに。 競艇場前駅はなぜこんなにストレートな駅名? 「目的地をそのまま駅名にした」という意味では、多磨墓地前駅と比較すると面白い駅です。 多磨駅|夏の木陰散歩5選 多磨霊園・武蔵野公園・野川公園など、多磨駅から緑を巡る既存記事もエキリプ内で公開されています。よくある質問
まとめ|駅名を短くしたら、街の歴史は逆に長く見えてきた
「多磨墓地前」から「多磨」へ。
文字数でいえば、消えたのはたった3文字です。
しかし、その3文字の裏には、1920年代の多磨霊園、旧関東村跡地の再整備、東京外国語大学の府中移転、病院の移転、そして隣の北多磨駅まで巻き込んだ駅名変更があります。
昔は「墓地へ行くための駅」であることを正面から名乗り、現在は大学、公園、病院、住宅地へ人が行き交う「多磨」という街の駅になった。
駅名の変化をたどるだけで、約100年の街の役割の変化まで見えてくるのが、多磨駅のおもしろいところです。
参照URL・確認情報
・西武鉄道「駅名の変遷」「多磨駅」「多磨駅リニューアル」
・東京外国語大学「府中キャンパス移転20周年」「交通アクセス」
・東京都公園協会「多磨霊園」
・榊原記念財団「沿革」
・All About「西武多摩川線のトリビア10選」
