鷹の台駅の名前の由来は?徳川家の鷹狩りと「たかの街道」の歴史
西武国分寺線の「鷹の台駅」。なぜ東京の住宅地に、こんな勇ましい「鷹」の字が残っているのでしょうか。結論からいうと、名前のルーツは江戸時代の鷹狩りです。小平市史によると、1633年に武蔵野地域が尾張徳川家の「鷹場」に指定され、鷹匠たちが通った道は「御鷹の道」、現在の「たかの街道」につながると伝えられています。駅名をたどるだけで、約400年前の武蔵野へつながる名前なのです。
最終確認:2026年8月10日|小平市史・小平市公式・国立国会図書館レファレンス協同データベース・西武鉄道公式情報を確認
鷹の台周辺が江戸時代の鷹狩りと深く関係していたためです。武蔵野一帯には尾張徳川家の鷹場があり、鷹匠が通った「御鷹の道」が現在の「たかの街道」につながったとされています。駅名も、この土地に残っていた「鷹」の歴史を受け継いだものと考えるのが最も分かりやすいでしょう。
点数ではなく、この場所の特徴を6方向の感覚で表しています。
交通の便利さ
西武国分寺線で国分寺方面へ接続する
日常の買い物
中央公園や玉川上水を徒歩で巡りやすい
外食・カフェ
玉川上水と公園の緑が駅の近くにある
子育て環境
大学や住宅地が集まる街として利用される
自然・散歩
江戸時代の鷹場とたかの街道の歴史が残る
地域のにぎわい
駅利用者が集まる時間帯は人の流れが増える
鷹の台駅はどんな駅?基本情報を整理
| 駅名 | 鷹の台駅(たかのだい) |
|---|---|
| 路線 | 西武国分寺線 |
| 駅番号 | SK03 |
| 所在地 | 東京都小平市たかの台45-4 |
| 開業 | 1948年10月21日 |
| 隣駅 | 恋ヶ窪駅/小川駅 |
| 2024年度乗降人員 | 1日平均24,283人 |
| 駅設備 | エレベーター、エスカレーター、ワイド型改札機、バリアフリートイレなど |
西武鉄道の公式ページでは、現在の所在地は「小平市たかの台45-4」。駅名は漢字の「鷹の台」、行政上の町名はひらがなの「たかの台」という違いがあります。2024年度の1日平均乗降人員は24,283人でした。
また、2025年3月25日から鷹の台駅は駅係員による遠隔対応駅へ営業体制が変更され、専属の窓口係員による乗車券発売や精算・案内などは終了しています。利用時にサポートが必要な場合は、駅のインターホンなど最新の案内を確認してください。
DATA GUIDE鷹の台駅は国分寺線の中でどれくらい使われている?
2024年度の数字を見ると、鷹の台駅は1日平均24,283人。国分寺〜小川間の4駅を比べると、巨大な乗換駅である国分寺とは規模が違うものの、恋ヶ窪より多く、小川に近い利用規模です。学生・住宅地・公園など複数の目的が重なる駅であることが数字からも見えてきます。
[ekirip-chart type="bar" title="国分寺〜小川4駅の1日平均乗降人員" description="西武鉄道が公表した2024年度の駅別乗降人員" labels="国分寺|恋ヶ窪|鷹の台|小川" values="111199|12502|24283|27117" unit="人" source="西武鉄道 2024年度 駅別乗降人員" source_url="[https://www.seiburailway.jp/file.jsp?company%2Fpassengerdata%2Ffile%2F2024joukou.pdf=](https://www.seiburailway.jp/file.jsp?company%2Fpassengerdata%2Ffile%2F2024joukou.pdf=)" note="2024年度の1日平均乗降人員。国分寺線のうち国分寺駅から小川駅までの4駅を比較しています。"]そもそも「鷹野」って何?駅名のさらに奥へ
「鷹の台」の「鷹」を理解する鍵が、江戸時代の鷹野(たかの)という言葉です。
小平市史では、たかの台の「鷹野」は、寛永10年(1633年)に武蔵野地域が徳川御三家の一つ・尾張徳川家の鷹場に指定されたことに由来すると説明されています。また近世には、鷹狩りそのものを「鷹野」と呼ぶことがありました。
つまり「鷹」は単に鳥がたくさんいたから付いた名前ではありません。徳川家による鷹狩りという、当時の政治・文化と結び付いた言葉だったわけです。
約400年をつなぐ「鷹の台」の歴史
「地名から駅名」だけではない?鷹の台の面白い順番
駅名の由来を考えるとき、「昔から鷹の台という町があり、その名前を駅につけた」と想像しがちです。
ところが鷹の台周辺では、話はもう少し複雑です。国立国会図書館のレファレンス協同データベースにまとめられた地名資料では、「鷹の台」という名称はこの地域の鷹場や鷹野街道との関係が示され、現在の町名「たかの台」についても鷹の台駅との関連が確認されています。
つまり大きな流れで見ると、江戸時代の鷹場・御鷹の道 → 鷹の台駅 → 現在の「たかの台」という街へ、名前が受け継がれてきたと捉えると分かりやすいでしょう。
駅は「鷹の台駅」、住所は「たかの台」。検索や住所入力では、この表記の違いを覚えておくと迷いにくくなります。西武鉄道公式の駅所在地も「小平市たかの台45-4」です。
駅を降りたらどこを見る?由来を感じる鷹の台街歩き
鷹の台は「駅名の由来を読んで終わり」ではなく、駅周辺を歩くと武蔵野らしい緑や歴史の重なりを感じやすい街です。
津田塾大学まで徒歩約8分
鷹の台駅は学生の利用とも縁が深い駅です。津田塾大学小平キャンパスは、大学公式案内で鷹の台駅から徒歩約8分。駅前の商店街、玉川上水、大学へ向かう学生の流れが重なり、住宅地だけではない独特の街の表情があります。
鷹の台駅 → 中央公園 → 玉川上水 → たかの街道という順に歩くと、「駅名」「武蔵野の水」「鷹狩りの道」という別々の時代を一度に感じやすいコースになります。所要時間は寄り道の量によって大きく変わるため、時間に余裕を持って歩くのがおすすめです。
これからの鷹の台にも「名前」が残っていく
歴史の名前を持つ鷹の台ですが、街は今も変化しています。小平市では「鷹の台公園」の整備が進められており、公式情報では2027年4月の開園が予定されています。計画区域は約19,000平方メートル、整備区域は約13,000平方メートルです。
さらに玉川上水沿いでは、豊かな緑と散策者の流れを生かした「歩いて楽しい持続可能なまちづくり」を目的とする地域活動も進められています。江戸時代の「御鷹の道」から、令和の「歩いて楽しい街」へ。道を中心に街の物語が続いているのも、鷹の台らしいところです。
SOCIAL VOICESSNSと動画で見る、鷹の台駅の現在と歴史
GOOD FORこの記事と鷹の台散歩はこんな人におすすめ
鷹の台の歴史を575にしてみた
駅名に残る
江戸の空
鷹の台駅と街の相性は?駅の名前を知ると景色が少し変わる
鷹の台駅は、大規模な観光地の玄関口というより、大学・住宅地・商店街・公園・玉川上水が徒歩圏でつながる日常の駅です。
だからこそ面白いのが「鷹」という一文字。今の穏やかな街並みだけを見ると、徳川家の鷹狩りを連想することはほとんどないでしょう。それでも「たかの街道」という道の名前や「鷹の台」という駅名には、江戸時代の土地利用の記憶が残っています。
駅を降りて中央公園へ向かう。玉川上水を少し歩く。そして街道名を見る。名前の意味を知ってから歩くと、いつもの道路標識まで小さな史跡のように見えてきます。
RELATED EKIRIP関連するekirip記事・駅ページ
鷹の台駅を歩く前に知っておきたいこと
検索では「鷹の台駅」、住所では「小平市たかの台」と表記されます。
2025年3月25日から営業体制が変更されています。係員のサポートが必要な場合はインターホンなどを利用し、最新案内を確認してください。
公園にはトイレがあり、玉川上水散策と組み合わせやすい立地です。
鷹の台駅の名前についてよくある質問
単純に野生の鷹が多かったという意味ではありません。小平市史では、武蔵野地域が尾張徳川家の鷹場に指定されたことと「鷹野」の由来が結び付けられています。
あります。現在のたかの街道につながる「御鷹の道」は、鷹匠らが通行した道と伝えられています。駅名もこの地域の鷹狩りの歴史と結び付けて説明されています。
現在の行政上の町名はひらがなの「たかの台」で、駅名は漢字の「鷹の台」です。西武鉄道公式でも駅所在地は「東京都小平市たかの台45-4」と案内されています。
1948年10月21日に開業しました。戦後まもない時期に誕生した駅です。
「たかの街道」を意識して歩くのが分かりやすいでしょう。中央公園や玉川上水も徒歩圏にあり、武蔵野の歴史と現在の街を一緒に楽しめます。
一言で言うと
駅名を知ると、何気ない道が歴史の入口になる
鷹の台の駅前に、鷹狩りの城跡や巨大な史跡が残っているわけではありません。
残っているのは、もっと静かなものです。
「鷹の台」という駅名。「たかの街道」という道の名前。そして、その周囲に広がる武蔵野の緑。
1633年の鷹場から約400年。電車を降りた人が毎日何気なく口にしている駅名の中に、江戸時代の記憶が残っています。次に鷹の台駅で降りたら、「なぜ鷹なんだろう?」の答えを思い出しながら、少しだけ街道の先まで歩いてみてください。
