桜台駅は昭和と平成で別の駅?地上駅から高架駅へ|池袋線高架化・複々線化の歴史
いまの桜台駅しか知らないと、ここがかつて地上を電車が走る、もっと小さな印象の駅だったことは想像しにくいかもしれません。 西武池袋線の高架化・複々線化事業によって、桜台駅周辺は昭和から平成にかけて大きく姿を変えました。
桜台駅は、1990年代の高架化を境に「駅の景色そのもの」が変わった
西武池袋線の桜台駅〜石神井公園駅付近では、1971年(昭和46年)に高架複々線化が都市計画決定されました。 桜台〜練馬間は1997年8月に高架化し、西武鉄道の事業年表では2000年3月に同区間の「高架複々線化完了」とされています。 昭和期の地上駅から、現在の高架ホームを持つ駅へ。この変化こそ、桜台駅を歩くときに知っておきたい最大のポイントです。
点数ではなく、この場所の特徴を6方向の感覚で表しています。
交通の便利さ
西武池袋線の駅として池袋方面へ直接つながる
日常の買い物
千川通り沿いに住宅地と街並みが広がる
外食・カフェ
駅にエレベーターやバリアフリートイレがある
子育て環境
江古田・練馬の間を歩いて巡りやすい
自然・散歩
昭和から平成の駅前変化を公式写真資料で確認できる
地域のにぎわい
急行などが通過する時間帯はホーム上で列車の動きを感じやすい
数字で見る、桜台駅の大変身
桜台駅〜石神井公園駅間の高架複々線化が都市計画決定。
西武鉄道年譜で「桜台〜練馬間高架化」と記録される大きな転換点。
桜台〜練馬高野台付近の事業によって除却された踏切の数。
まず知っておきたい現在の桜台駅
| 駅名 | 桜台駅(Sakuradai) |
|---|---|
| 路線 | 西武池袋線 |
| 駅番号 | SI05 |
| 所在地 | 東京都練馬区桜台1-5-1 |
| 隣駅 | 池袋方面:江古田駅/飯能方面:練馬駅 |
| 現在の構造 | 高架駅・島式ホーム1面2線 |
| 設備 | エレベーター、エスカレーター、バリアフリートイレ、ワイド型改札機など |
現在は改札が地上、高架上にホームがある構造です。 西武鉄道公式の駅案内では、エレベーターやエスカレーター、バリアフリートイレなども案内されています。
西武鉄道|桜台駅の公式情報を見る昭和から平成へ。桜台駅はいつ変わった?
武蔵野鉄道時代に誕生した駅。現在の高架駅とは異なり、地上に線路とホームがある駅として始まりました。
踏切問題や輸送力増強を含め、池袋線を大きく作り替えていく長期事業のスタート地点となります。
西武鉄道の年譜には1997年8月2日「桜台〜練馬間高架化」と記録されています。駅の見た目が決定的に変わった時期です。
高架化工事と密接に関係していた練馬周辺の線路整備が進み、池袋線のネットワークそのものも大きく変化しました。
西武鉄道の事業資料では、2000年3月に「桜台駅〜練馬駅間 高架複々線化完了・踏切7か所除却」と整理されています。
練馬区公式によると、この段階までに桜台〜練馬高野台付近で19か所の踏切がなくなりました。
昔の桜台駅と今の桜台駅、何がそんなに違う?
電車と街が同じ高さにあった
- 線路と駅が地上に存在
- 地上時代は相対式ホームだったとする鉄道資料が残る
- 駅前商店街のすぐ近くを線路が横切る街並み
- 現在よりも小規模で、住宅地の中の駅という印象が強かった
線路が頭上へ。駅下を人が行き来する構造に
- 高架上に島式ホーム1面2線
- 改札は地上部分に配置
- 鉄道を横断する移動がしやすい構造へ
- 駅前から見上げる高架橋が街の景観の一部になった
練馬区が公開している「写真で見る練馬の今昔」では、桜台駅北口商店街について昭和32年と平成28年の写真を比較できます。 区は現在の風景について、商店街の上を電車の高架線が走るようになり、街並みが大きく変化したことを紹介しています。
練馬区公式|昭和と現在の桜台を見比べる「1997年に高架化」と「2000年に完成」、どちらが正しい?
これは「高架になった時期」と「高架複々線化事業が完成した時期」の違い
西武鉄道の年譜には、1997年8月2日に「桜台〜練馬間高架化」とあります。 一方、連続立体交差・複々線化事業の公式ページでは、2000年3月を「桜台駅〜練馬駅間 高架複々線化完了」としています。
つまり、桜台駅の景色を大きく変えた高架化そのものは1997年、 周辺線路を含めた高架複々線化事業としての完成は2000年と整理すると分かりやすいです。
そもそも、なぜ池袋線を高架化・複々線化したの?
目的は単に「駅をきれいにすること」ではありません。 連続立体交差事業は、鉄道を高架化または地下化することで複数の踏切をまとめてなくし、道路交通と鉄道を立体的に分離する事業です。
練馬区はその効果として、踏切による交通渋滞や事故の解消、鉄道による地域分断の解消などを説明しています。 さらに池袋線では輸送力を増やすための複々線化も組み合わせられました。
なぜ「桜台」という名前?駅前を歩くと答えが残っている
「桜台」の名は、千川上水沿いに植えられた桜並木にちなむと練馬区が紹介しています。 駅南口に近い千川通りには、現在もその歴史につながる「桜の碑」があります。
鉄道の高架化で駅そのものは大きく姿を変えましたが、駅名の由来をたどると、昭和以前から続く街の記憶が地上側に残っています。
千川通り
桜台駅南口側を通る街の大きな軸。春は桜並木でも知られ、西武鉄道の沿線紹介でも桜台らしい景色として取り上げられています。
桜の碑
練馬区によると、1987年(昭和62年)に地元有志が建立。駅名と桜の街の記憶を今に伝える小さな歴史スポットです。
桜台駅で「高架化」を感じるなら、ホームだけ見て帰らない
駅に着いたら、まず高架ホームから地上へ降り、南北を行き来できる駅下の空間を見てみるのがおすすめです。 そのあと南口側から千川通りへ出ると、「高架化で変わった鉄道」と「昔から街の軸だった通り」を短い距離で見比べられます。
さらに西側へ目を向けると練馬駅が近く、東側は江古田駅方面。 桜台が単独で突然高架になったのではなく、池袋線沿線を連続して作り替えた事業だったことが、実際の線路のつながりからもイメージしやすくなります。
池袋線の「駅が変わった歴史」を続けて見る
桜台駅の高架化についてよくある疑問
主な確認資料
https://www.seiburailway.jp/safety/continuousgradeseparation/shakujii-koen/
桜台駅の面白さは、「昔の建物が残っている駅」ではなく、むしろ大規模な鉄道事業によって駅そのものが大胆に作り替えられたこと。昭和の写真と現在を見比べることで、西武池袋線が街の形まで変えてきた歴史が見えてきます。

写真・鉄道記事から見る「昔と今の桜台」
昭和40年頃・平成9年・平成28年を同じ場所で比較
千川通り・桜台駅前を時代別の写真で追える貴重な公式アーカイブ。街の建物や道路だけでなく、高架化前後の空気の違いも確認できます。
現在の高架ホームから池袋方面を眺める
鉄道チャンネルの駅歩き記事では、高架化された桜台駅のホームや江古田方面へ線路が下っていく様子を確認できます。
「昭和の桜台」を知る人の記憶
地域ブログでは、地上駅時代の桜台を「こじんまり」とした駅として振り返り、高架化後のホーム構造との違いを紹介しています。
桜並木と駅を楽しむ「ひと駅さんぽ」
西武鉄道の沿線冊子では、千川通りの桜並木と桜台駅周辺を紹介。巨大な観光地というより、駅から街をゆっくり歩く桜台らしさが伝わります。