入間市駅は昔「豊岡町駅」だった|旧黒須銀行と西洋館に残る“製糸で栄えた街”の記憶
いまは西武池袋線の主要駅として知られる入間市駅。しかし、駅が開業した1915年当時の名前は「豊岡町駅」でした。現在の駅北口から歩いてみると、明治42年建築の旧黒須銀行、大正10年に上棟した旧石川組製糸西洋館など、かつてこの一帯が製糸・金融で栄えた時代を物語る建築が残っています。駅名だけでは見えない「昔の入間」を、徒歩でたどれる街です。
現在の入間市駅は1915年に「豊岡町駅」として開業し、入間市誕生後の1967年に「入間市駅」へ改称されました。駅周辺には、製糸・機業へ融資した旧黒須銀行や、日本有数の製糸会社だった石川組製糸の迎賓館が残っています。駅名は変わっても、建物を見るとこの街が「豊岡」と呼ばれていた時代の経済力が見えてきます。
点数ではなく、この場所の特徴を6方向の感覚で表しています。
交通の便利さ
駅名の変遷と豊岡地区の歴史を公式資料でたどれる
日常の買い物
明治大正期の近代建築が徒歩圏に複数残る
外食・カフェ
旧石川組製糸西洋館は駅北口から徒歩約5分
子育て環境
歴史ガイドマップを使い複数の文化財を歩いて回れる
自然・散歩
公開日に合わせれば西洋館内部も見学できる
地域のにぎわい
通常時は観光地型の混雑は強くないが公開日は人が集まりやすい
なぜ入間市駅は「豊岡町駅」という名前だった?
現在の入間市駅が開業したのは1915年(大正4年)。当時、この場所は現在の「入間市」ではなく豊岡町だったため、駅も「豊岡町駅」と名付けられました。
入間市の公式資料には、昭和41年頃の「豊岡町駅」の写真が残っています。当時の改札から駅前を望む光景は、現在の橋上駅舎やペデストリアンデッキがある駅前とはかなり違う姿です。
武蔵野鉄道の駅として「豊岡町駅」が開業。
豊岡町などが合併し「武蔵町」が誕生。駅名はこの時点では豊岡町駅のままでした。
市制施行によって「入間市」が誕生。
西武池袋線の豊岡町駅が「入間市駅」へ改称。
駅名は入間市駅ですが、「豊岡」の名は豊岡地区、豊岡高校など街の各所に残っています。
市名が変わったから、すぐ駅名も変わったわけではない?
入間市の市制施行は1966年11月1日。豊岡町駅から入間市駅への改称は翌1967年です。つまり、現在の市名が誕生してから駅名が追いつくまでには少し時間差がありました。
駅の北側へ行くと、突然「昔の豊岡」が見えてくる
現在の入間市駅は南口側に商業施設や市街地が広がります。一方、歴史建築を見に行くなら北口側がポイントです。
入間市も、入間市駅周辺の旧石川組製糸西洋館、旧黒須銀行、史跡や寺社などをまとめた「いるま歴史ガイドマップ」を公開しています。つまり、この一帯は単独の建物を見るというより、街全体を歩いて歴史を読むエリアとして楽しむのが向いています。
入間市駅北口から旧石川組製糸西洋館までの公式案内上の徒歩目安。
入間市駅から旧黒須銀行までの歴史ガイド上の徒歩目安。
旧黒須銀行|小さな街に「県下第3位」の銀行があった
入間市駅周辺の歴史を語るうえで外せないのが、宮前町に残る旧黒須銀行です。
黒須銀行は1900年(明治33年)、当時の豊岡町大字黒須に設立されました。地元の製糸や機業などへ資金を融資し、入間郡内に支店・出張所を展開。一時は埼玉県内第3位の銀行にまで成長したとされています。
現在残る建物は1909年に本店営業所として建てられたもの。土蔵造り二階建ての銀行建築で、明治期の地方銀行建築としても貴重な存在です。
黒須銀行は土地だけでなく、繭や生糸を担保として融資することもありました。銀行の裏には繭を保管する倉庫も存在していました。金融と製糸業がかなり近い距離で結び付いていたことがわかります。
なぜ「道徳銀行」と呼ばれていた?
黒須銀行のルーツは、地域の人々が少しずつ資金を積み立てる「黒須相助組合」。単に利益を追う銀行ではなく、地域の産業や学校、公共事業への還元も行っていました。
その姿勢は、道徳と経済の両立を唱えた渋沢栄一ともつながります。渋沢は黒須銀行の顧問を務め、「道徳銀行」と揮毫して贈ったことも伝えられています。
2026年8月現在は復元修理中
復元修理工事は2026年9月30日までの予定。入間市博物館によると、2026年11月以降に内覧会、竣工式、竣工記念イベント、一般公開を順次実施する予定です。訪問前に最新情報を確認してください。
今回の工事では、耐震補強に加えて地元産の「小谷田瓦」を利用した屋根、創建時を意識した黒色の外壁などが整備されています。
旧石川組製糸西洋館|「豊岡をみくびられてはたまらない」から生まれた迎賓館
もう一つ、昔の豊岡の勢いを視覚的に感じられるのが旧石川組製糸西洋館です。
西洋館は1921年(大正10年)、全国有数の製糸会社だった石川組製糸の創始者・石川幾太郎によって上棟されました。外国商人を迎えるための迎賓館としてつくられた洋風木造建築で、現在は国登録有形文化財です。
石川組製糸は海外にも生糸を販売していた企業でした。重要な外国商人を迎える場所として、「豊岡」という街そのものの信用や経済力を見せる役割も、西洋館にはあったと考えると建物の見え方が変わります。
内部には大理石製の暖炉、一木造りの階段手すり、寄木細工の床、特徴的な天井や照明器具などが残っています。
公式の歴史ガイドには、石川幾太郎が外国商人を迎えるにあたり、豊岡を軽く見られないよう一流の館をつくろうとしたというエピソードも紹介されています。建物そのものが、当時の豊岡の自信を表しているようです。
旧石川組製糸西洋館は2026年も見学できる?
はい。旧黒須銀行とは異なり、旧石川組製糸西洋館は公開日を限定して一般公開されています。
| 施設 | 旧石川組製糸西洋館 |
|---|---|
| 住所 | 埼玉県入間市河原町13-13 |
| アクセス | 西武池袋線 入間市駅北口から徒歩約5分 |
| 公開時間 | 公開日は10:00〜16:00、入館15:30まで |
| 料金 | 一般200円/中学生以下無料 |
| ガイド | 10:15・13:15・14:30から約40分。予約不要・無料 |
| 注意 | 公開日は限定。訪問前に2026年度カレンダーを確認 |
西洋館には冷暖房がないため、夏や冬は服装にも注意が必要です。2026年度の公開日も公式ページで案内されています。
なぜ入間にこんな立派な建物が残っている?
答えは、製糸業です。
現在の入間市周辺では、明治から昭和初期に養蚕・製糸・織物などが地域産業として大きな存在感を持っていました。
石川組製糸は全国でも有力な製糸会社となり、黒須銀行はそうした製糸や機業に資金を供給しました。製糸会社が稼ぎ、銀行が地域産業へ資金を回し、その繁栄が西洋館や銀行建築として街の中に残った――という関係が見えてきます。
地域の産業を金融面から支える存在へ。
現在の旧黒須銀行として残る建物。
現在の入間市駅の始まり。
石川組製糸の繁栄を象徴する迎賓館。
入間市駅から歩くなら?レトロ建築をつなぐ街歩き
歴史だけ読むより、実際に北口から歩くと位置関係がわかりやすくなります。
現在の駅名と「豊岡町駅」だった過去を重ねながらスタート。
駅から徒歩約5分。公開日に合わせれば館内も見学できます。
歴史ガイドには石川洋行事務所と蔵など周辺の関連建築も紹介されています。個人宅は敷地内へ入らず外観のみ見学しましょう。
駅から徒歩約10分。2026年8月現在は工事中のため、工事区域へ入らず現地案内に従ってください。
入間市はこの一帯を歩くための「いるま歴史ガイドマップ」を公開しています。西洋館だけを往復するより、ガイドマップを使って周辺の文化財や古道まで見ると、「一軒だけレトロ建築がある街」ではなく「歴史の層が残っている街」だと分かりやすくなります。
駅名は消えても「豊岡」は街から消えていない
1967年に豊岡町駅という名前はなくなりました。
それでも駅の南側には豊岡という町名が残り、学校名や地域名にも「豊岡」が使われています。
そして北口へ出れば、西洋館や旧黒須銀行という、さらに古い豊岡の記憶があります。
いま駅前だけを見ると「入間市の中心駅」ですが、少し歩くと、そこには製糸会社、銀行、海外との商取引、鉄道がつながって発展していた旧豊岡町の姿が重なってきます。
初めて歩く前に知っておきたい3つのこと
旧黒須銀行の中には入れる?
2026年8月18日時点では入れません。復元修理工事は2026年9月末までの予定で、一般公開は11月以降順次予定されています。
西洋館はいつでも見学できる?
できません。一般公開日限定です。2026年度も公開日カレンダーが発表されているため、事前確認がおすすめです。
どちらの駅出口を使う?
旧石川組製糸西洋館・旧黒須銀行など歴史建築を目的に歩くなら入間市駅北口が分かりやすいルートです。
現地の雰囲気をもっと知るには
旧黒須銀行・旧石川組製糸西洋館について、検索で安定して確認できる個別SNS投稿は今回十分に取得できなかったため、投稿内容を推測して掲載することは避けました。その代わり、建物の写真や歴史を継続的に更新している入間市・入間市博物館の公式コンテンツを確認すると、現地の様子をかなり詳しく追えます。
エキリプ内で入間市周辺をもっと見る
入間市駅の駅チカ情報 入間市駅周辺のイベント・グルメ・暮らし情報をまとめて確認。 仏子駅の駅チカ情報 同じ入間市内。入間川沿いの街と難読駅名の歴史へ。 入間市駅南口・アポポ商店街の街の表情 歴史建築が残る北口とは違う、現在の駅前のにぎわいをチェック。まとめ|「入間市駅」になる前の街を建物から読む
入間市駅が「豊岡町駅」と呼ばれていたことは、単なる駅名トリビアではありません。
旧黒須銀行を見れば、製糸や機業を支えた金融の力が分かる。旧石川組製糸西洋館を見れば、海外と取引するほど成長した地元企業の勢いが分かる。そして、そのすぐ近くに1915年「豊岡町駅」として鉄道が開業した。
この3つをつなぐと、現在の入間市駅周辺が100年以上前から人・モノ・お金が集まる場所だったことが見えてきます。
駅名は「入間市」へ変わりましたが、北口から少し歩けば、昔の「豊岡」はまだ街の中に残っています。
